連合の艦から射出された信号弾によって、奪取されたモビルスーツ三機が帰投していく。それに続いてオーブや連合も戦闘を中断、撤退し、海峡には満身創痍のミネルバだけが取り残された。
ピーピーと響く通信の呼び出し音にハイネはようやく我に返って、それを受信する操作を行った。
『ハイネ。大丈夫か?』
眼前の大画面の中に小さく枠が現れ、情けない表情をしたアスランを映し出した。
すこしカメラを動かせば、彼の駆るガンダム『セイバー』の姿も見える。
「・・・邪魔さえなければ、ガイアを落とせた。一体何なんだあいつらは?」
『俺にも…わからないよ。一体何を考えているのか・・・』
アスランの表情と声色は目に見えて落ち込んでいた。
三隻同盟に組していた彼のことだ。アークエンジェルの中身が変わっていないのなら、乗組員の中に彼の盟友もいることだろう。彼がまだ割り切りきっていないことに、ハイネは少しだけ落胆を覚えた。
そういえば、ちらりと見た中で彼が主に交戦していたのは連合に強奪された『カオス』とだった。
彼にとって幸運なのか、そうでないのか…代表と名乗る少女の演説、数分の小康状態のあとに再度向かってきたオーブのMSを、おそらく彼はほとんど手にかけていないのだろう。
それまではできていたことが、彼女の言葉によってしにくくなった―…大天使の名を持つ艦は、名の通り彼を連れ去ることにもなりかねない。死、もしくは、…裏切りという形で。
「いろいろと後味は悪いが…仕方ない、戻るか。」
『そうですね…』
「自分が死ななかっただけ良かった、とでも思うしかないな。」
今まで激戦を生き抜いてきた中、今日ほど「もしも」を恐れたことはない。
もしもあの時一瞬でも早く、左手を押し出していたら―…
自分らしくもないことは分かっている。けれども今は、本当に、震えが止まらなかった。作った笑顔を悟られる前に、ぶちりと映像通信を断ち切る。
ハイネが視線を下にやると、写真の中の妻はいつものように微笑んでいた。
着艦の際に近づいて見ると、よくこれで戦闘が続行できたなと感心せざるを得ないほどミネルバは破壊されていた。フリーダムに関わったインパルスとグフは小破で、パイロットにこそ死者は出なかったものの、艦首破壊に巻き込まれた者はゼロではない。美しかった海すら、機体の破片やらオイルやらで酷く汚れてしまっている。海中に飛び散った「蛋白質」もそう少なくはないはずだ。
艦長のタリアもいつもよりピリピリとしていて、それでもハイネとアスランが無事に帰還してきたのを見れば表情が和らいだ。
「無事…だったようね。」
「危ないところでした。」
敬礼を返しながらそういうと、タリアの表情も元の通り引き締まった。
「本当に良かった。けど、喜んでばかりもいられないわ。本艦は今最寄の基地へ向かっています。修復作業が始まったらパイロットはもう一度集まってちょうだい。いいわね?」
「了解しました。伝えておきます。」
「お願い。向こうへの挨拶は貴方達フェイスだけで行います。忘れないように。」
タリアは前に向き直り、ハイネとアスランはもう一度敬礼をしてブリッジを出て行った。
アスランに赤服達には自分から伝えておくからと強く言われ、ハイネはその言葉に甘えて自室に戻ることにした。
部屋に入ってすぐ、一息つきがてらベッドへと身を投げ出す。全身を覆うような気だるさにこのまま泥のように眠りたいとも思うが、戦闘の後とはいえまだまだ朝に分類される時間帯で。多少手持ち無沙汰だとはいっても、さすがにひと寝入りできるような空き時間とは思えない。
ベッドに寝転がったままぼんやりと机を見れば、ふわりと違和感が浮かんできた。
…写真立てがない。
そう思ったとたん、ハイネは跳ね起きた。
そして、机の手前に落ちてしまっている写真立てを見つけ、安堵すると共に新たな不安が沸き起こった。立ち上がって、伏せたようになっている写真立てを拾ってひっくり返すと、・・・案の定、だった。表面を覆う薄いガラスに亀裂が入ってしまっていたのだ。
写真に写るハイネと、全てを粉々にしてしまうかのように。
「縁起でもな……いや…」
比較的大振りなガラスの破片を拾い上げながら、ハイネは呟いた。
「身代わり…ってやつなのかもな。」
そして、捨てるしかないものにしては不相応な輝きを湛えた、掌の上の塊をじっと見つめる。欠片は光を乱反射し、まるで宝石のようにすら見えた。
飛び散った細かい粒子まで入念に取り除き終わった直後、入港を告げるアナウンスが入った。鏡の前で軽く髪を整え、基地の出迎えに応対するために降艦口へと向かう。
タリアとアーサーは既に待機しており、アスランもすぐに合流した。
大きな長机について、基地のお偉いがたと二言三言(自分が発言したのは結局その程度だった。形式上の退屈なものだ)言葉を交わし、手続きやなんやらで時間をとられているうちにいつのまにか時計の短針は右上を差していた。
やっと自身の空腹に気付いたハイネはコンピュータの画面内でウィンドウをいくつか閉じ、新しくひとつ開いて基地内の食堂の位置を検索し始める。
その時不意にひとつ出した覚えのないウィンドウが開き、通信を繋いでもいいか許可を求めてきた。ハイネが表示を許可するとすぐに金髪碧眼の整った顔立ちが映し出され、年齢の割りに大人びた低い声がハイネの名を呼ぶ。
「どうした、レイ。」
『デュランダル議長が貴方にお伝えしたいことがある、と。』
「いいぜ、部屋のモニターに繋いでくれ。」
『分かりました。』
レイが答えるか答えないかのうちに美貌の少年の映像はぷつりと消え、変わりに部屋にあるモニターに明かりが灯った。急いで立ち上がって前に立ち、服装を整えると、程なくして画面いっぱいに黒髪の男の姿が現れた。
「お疲れ様です。」
『ハイネ君もご苦労だったね。機体の調子はどうだい?』
「ええ、それはもう。最高の機体です。ありがとうございました。』
『それは良かった。』
モニター越しにデュランダルは微笑み、けれどすぐに表情を深刻そうなものへと変えた。
『だがね、そう喜んでばかりもいられないのだよ。…つい先程、私の元へ知らせが一つ入ってね。君宛だということだが―…』
一度は非常に言いにくそうに言葉を濁されはしたが、それでもはっきりとそれは告げられた。
『・ヴェステンフルスが、自宅の階段で足を滑らせ、病院に運ばれたそうだ。』
それを聞いた瞬間、ハイネは頭の中が真っ白になった。
ただ病院まで運ばれただけならば、出産を間近に控えている彼女に限ってはひどく狼狽するようなことではない。けれどもデュランダルは、『階段で足を滑らせ』たとわざわざ付け加えた。
つまり、彼女が運ばれた原因は、けして産気づいたからではない。
『連絡があったのはほんのさっきのことだ。メールよりこちらの方が確実だと思ってね。』
「・・・・・・。」
『意識は戻っていないそうだよ。』
「・・・はい。議長、ご用件はそれだけではないでしょう?」
呼吸困難に陥りそうな中、FAITHとしての自分がやっとそれだけを返した。
脳内での混乱、たたみかけるように質問をしようとする気持ちに反して、どこか冷静な自分がいた。
配属されたばかりで、休暇など取れるはずがない。もう数ヶ月は戻れようもない。
どんなに戻りたくとも、つきっきりで看たいと願っても。この殺伐とした状況下、赤服で、FAITHで、さらに最新鋭艦に乗せられた自分。それがどれほど重要なことか、ハイネには痛いほどよくわかっていた。自分ひとりのわがままが、通るわけがないと。
それでも心は叫び声を上げ続けていた。握った拳に力が入り、わなわなと震えている。
に会わせろ!の元へ行かせろ!赤ん坊は無事なのか…ぎこちない無表情を無理矢理作ったハイネを少しの間見つめたデュランダルは、もう一度口を開いた。
『そうだね。これは特務隊のひとりとしての君に対してだ。…『任務』は果たせそうかい?』
「…ええ。今はまだ完了してはいませんが…もう少し時間を頂ければ、なんとか。」
『そうか。…君の報告も見せてもらったよ。興味深い点が多々あった。是非、直接話を聞きたい。ミネルバの修理にも当分かかりそうだとレイ君からも聞いている。』
頭の半分を妻と子の容態にとられながら、残り半分を必死で働かせる。
落ち着く暇もないのか、と内心、ため息をつきながら。
『私はたった今評議会に戻ったところでね。…基地の上層部にはもう話を通しておいた。ハイネ・ヴェステンフルス、用意したシャトルに乗って至急こちらまで来るように。』
言い終えると議長は、にっこりと微笑んだ。ハイネは驚いたような表情でもう一度、「議長命令」を反復する。その意味を悟った瞬間、嬉しさと驚きと困惑が入り混じった微妙な声を上げた。
「議長…!」
『必要なものだけまとめなさい、シャトルは15時には出るそうだ。』
有無を言わさぬ口調でハイネに反論を許さず、最後に『君には期待しているよ』という言葉を残して、デュランダルの姿は画面上から消えた。
その後レイから命令の要旨を纏めたものを受け取ったハイネは、一時離艦するおおよその日数を見て確信した。三日間というその数字は移動時間も含めたものであるにしろ、報告には十分すぎる時間だ。タリアはというと呆れたような笑みを見せて、それでもミネルバが受けた任務はハイネを抜いても十分なんとかなるものだと太鼓判を押してくれた。
「艦長としては渋るべきなのでしょうけどね…艦もこんな状態だし、貴方はフェイスなんだもの……けど、…まぁ、できるだけ早く戻ってきてちょうだい。」
言葉の中に暗喩された意味は、ハイネには十二分に伝わっていた。逸る心を抑えてお手本のような退室を見せてからドアが閉まった途端廊下に響く足音に、タリアはくすりと微笑み、そしてぎゅっと眉を寄せた。
「…でも、何のつもりかしら。そのためだけ、なんてことは……」
ほんのりと苦い味が広がるのは、口をつけたコーヒーのせいだと、タリアはそう思い込もうとした。
議長が何を考えているのかは分からない。純粋な好意なのか、それとも自分を懐柔する策なのかは。
ハイネ以外にも多くの民間人を乗せて進むシャトルの中で、思考を巡らせる。
(けど今は、策だろうが何だろうがどうでもいい。
ありがたく受け取るだけ受け取ってやる。
無事でいてくれ…………)
先程からたったかと機内中を走り回っていた子供がハイネの席の隣を風のように駆け抜ける。程なくして母親に連行されていくやんちゃそうなその男の子は、目が合うと母親の肩越しにハイネにニヤっと笑いかけてきた。心から楽しそうなその笑顔に、思わず表情も緩む。
(なんだ、俺らしくない。
大丈夫・・・だ。なんたって、俺の妻と子供なんだから。)
ふと微笑み窓を覗けば、プラントはすぐそこでハイネの帰りを待ち望んでいた。
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