「早く医務室へ!」

ストレッチャー、乗せられたぐったりとした体。
ひび割れたヘルメットに血の舞い散るコックピット。
『お疲れさん』…聞こえない、労い。
騒然とするコンテナ。
俺はそれを、ヴァーチェの中で見ていた。

リーダーであるロックオン・ストラトスの負傷。
けして軽い事実ではないそれに、拍車をかける己の罪悪感。
 もう彼がガンダムに乗れないかもしれないから。
 ヴェーダの計画をゆがめてしまったから。
どちらの理由も今は当てはまらない。

襲いかかる疑似太陽炉搭載のガンダム。
それと、無力な僕の間に割り込んできた緑色。
私の代わりにビームソードを受けて、僕の代わりに負傷した。
…な、ぜだ?彼には僕を助ける利点がない。
全く。何もない。
現に彼が得たものは傷だけだ。
デュナメスの装甲すら突き破るビームサーベルの攻撃だけだ。

俺は悪くない。彼が勝手にやったことだ。
…以前の僕だったらそう言っていただろう。今は言えない。
この理由も、私には分からない。
頭が混乱する、僕は、ヴェーダに見捨てられて、ロックオン、が

音を立て、SOUND ONLYと表示された画面が表示される。

『ティエリア、ヴァーチェの詳しい状況について把握しておく必要があるわ』

スメラギ・李・ノリエガの声。
降りてきて頂戴。
要請に、何故か重たく感じる体を持ち上げ、ハッチを開ける。
待機していたハロやなにかと交代に、私はヴァーチェを離れた。
とにかく、他のマイスターたちと同じ場所にいた方がいいだろう。
…それはどこだ?

思考が混乱して正常な判断ができない。
医務室か、ブリッジか。
迷っていると、医務室の方向から微かな啜り泣きが聞こえてくる。
あんなことがあったから妙に気になって、そちらの方へとすすみ始める。

ぱすん、と角から飛び出してきた人物にぶつかった。
独特の髪色、顔を見なくても分かる。

「…

ロックオン・ストラトスの恋人の位置にある女だ。
彼女が身に纏っているかのような透明の粒。ぴしゃりと頬に貼り付く。
俯いたままの
泣き声の元はこの女だったらしい。

「ティ、エ…リア…」

ひぐっ、と嗚咽をあげながら、顔を上げる。
目を真っ赤に充血させて、顔中を濡らした
よく見ると血にまみれた服。

「君は…怪我を…」

俺の視線を追従してはじめて、服の汚れに気付いた。
一瞬の硬直のあと、彼女は左右に首を振る。
涙がぱらぱらと飛散していった。

「わたしのじゃない」

小さく、素早く言って、彼女は両手で顔を覆う。

「わたしのじゃないの」

くぐもった声に動揺する。
失態だ。
少し考えればわかりそうなことだった。
人間は他個体の痛みに同調する。
近しい者であればあるほど、その痛みは心を裂くという。
馬鹿らしいと思っていたことだが、今なら私にもわかる気がする。
「…すまない」
自然と口をついて出た言葉に、彼女の瞳が指の隙間からこちらを覗いた。

「あの男は僕を……私を庇った…。……私は…っ」

の手が顔から外れ、指先で己の涙を掠めとる。
それから彼女は、俯いた私の顔の面に平行になるように移動してきた。
「…ティエ、リア…」
泣き顔をさらに歪めて、明らかに無理と分かる笑みを浮かべようとしていた。

「ティエリ、アが、謝ることない…よ?」

だから泣かないで。
続く言葉に目尻を撫でてみれば、瞳からひとつづきに濡れた感触があった。
ね、ティエリア…彼女は手を伸べ、僕の頬を包み込んだ。

「ロックオンには、すまないじゃなくって…ありがとう、って言ってほしいの」

そしたら、きっと、お前が無事でよかったよ、って笑ってくれるから

そう儚い笑顔で告げて、彼女は突然ぱちんと僕の頬を軽く叩いた。

「なっ、」
「…だからそんな顔しないの。ティエリア・アーデ!」

笑顔から儚さをぬぐい去って、彼女の瞳に強い光が宿る。
濡れた睫に負けないくらい、強い輝き。
こんなにも強い光が、なぜ揺らぐのか。

「貴方みたいな美人にさめざめと泣かれでもしたら、
 ロックオンなんてコロリなんだから。」
「…どういう意味だ」

不満を隠さず態度に出すと、貴方はそれでいい、と言って彼女は俺から離れていった。
そして、ぱちんぱちんと今度は自分の頬を叩く。

「ん、…気分入れ替えなきゃ!ちょっと顔洗ってくるね!」

すっと俺の隣を通り過ぎようとする
その腕を俺は掴む。

「妙な笑い方をするな。」

忠告をしてやると、意表をつかれたのかきょとんとした顔は、くしゃりと歪む。


「下手くそでもね…笑ってなきゃ、…強がってなきゃ、壊れちゃいそうなのよ」


自らの胸元のあたりをぎゅうと掴んだその手にはまた、ぱたりと透明な雫が落ちる。

彼女の涙を掬ってやるのは、俺の役目じゃない。
もっと大きい手だ。殆ど手袋で覆われた、あたたかい手。

その手で髪をかき混ぜられ、目を細める少女。
容易に想像できる光景を彼女は今望んでいないから、ここにいるのだろう。

ひとりで絶望から立ち上がろうとする彼女はまるで、産まれたての子鹿のようだった。





バンビの涙




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ロックオン…





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