少尉」


パーソナルカラーに彩られたイナクト。
そのコクピットで待機命令をこなしていたに通信が入ったのは、待機を命じられてから二時間も経ったころだった。

三陣営が示し合わせての合同演習、
その名目を借りたガンダム鹵獲作戦に、直接彼女は参加してはいなかった。
エースとは行かないものの、模擬戦でもそこそこの戦績をあげ、
少尉でもある彼女が大規模な作戦に参加命令を出されなかったのは、ひとえに彼女の父親のためである。
AEU軍の上層部に籍を置く彼女の父親は、一人娘が戦地に赴くことを良しとはしなかった。
そのため、今回彼女は「戦場の後始末」という任務に就くはずであったのだ。
このことは彼女をイライラさせたし、彼女の唯一とも言ってもいい目の上のたんこぶが
またガンダムに挑むという事実もまた、プライドの高い彼女にとっては我慢ならないことであった。

そんな中本部から通信は入った。
十数時間もかかった戦闘もようやく終わりかと息をつく反面、表情を堅く引き締めたは通信に応じた。


「こちら。」
「作戦行動を開始してください。」
「了解。イナクト、出ます。」


の合図に、機体を射出するための準備が次々と整えられていく。
状況はあえて聞かなかった。
彼女が行う任務に戦闘状況は関係ない。
ただ最後に戦闘があった場所の情報だけを得て、イナクトは砂漠の空へと飛び立った。
紅い粒子の色濃く残る、空へ。




AEUの艦へ戻る鹵獲部隊とのすれ違いもないまま、の駆るイナクトは戦いの後が色濃く残る地点へと差し掛かっていた。
辺りに散乱する残骸はいずれも、見飽きたといっても良いほど既知のものばかり。どこまでも静かな砂漠。戦闘はもちろん、完全に終結していた。

フラッグの破片を視界の端にとどめつつ、彼女はようやく目標地点へとたどり着いた。
イナクトの残骸が何機かぶん。
コックピットは破砕され、跡形、程度にしか認識できない。

それでも彼女はコックピットを降り、かろうじて残っていたブラックボックスを回収する。
通信の阻害される対ガンダムでの近接戦では、この記録が非常に重要なサンプルともなるのである。
もう一つの機体は破損が激しく、さすがに消し飛んでしまっているようだが。
人間の「残骸」も中に少々残っていたが、生々しいそれをなんとかするのは
彼女の役目ではない。
彼女はただ黙祷を捧げ、小さな箱だけを片手にコックピットへと引き返した。
隊長機も含めると残りはあと三機のはずだ。

次々と発見するイナクトの残骸、生存者は今のところゼロであった。
こっぴどくやられている機体から小さな箱を回収できるだけ回収し、
残りはあと一機となった。







パトリック・コーラサワー
まだみつかっていない最新鋭の隊長機。そのパイロットの名前を呟き、は機体に動力を与えた。
生存さえしていれば、彼は作戦の成功、失敗関係なしに騒がしく喚きたてる筈である。は飛行中受信回線を開きっぱなしにしていたが、
今までに入ってくるのは雑音ばかりで声らしき声は聞こえなかった。
空を覆う赤い霧のような物はまだ、晴れそうにはない。
その霧が通信を阻害しているのではないかと直感していたのだが、
晴れないうちにはどうにも真偽はわからない。
彼の声が聞こえないのは通信阻害の為か撃墜されたからかすらも、
現状では分からないことだらけであった。

とりあえず、最後の一機を彼女は探し始めた。
あの男にはまだ死んで欲しくない。
模擬戦で勝ちをもぎ取るまでは。
理由をつけてみても、なぜかしっくりこないのを心の奥で感じながら。


砂丘を一つ跳び越すと、イナクトの残骸が見えた。
それは上半身と下半身が離れるほどの、
大破。
一瞬だけ、目の前が真っ白になったのを彼女は感じた。


(嘘)


最近増えてきた実戦、投入されては撃墜されていたが、それでも彼は帰ってきた。
やたら装甲の厚いガンダムから放たれた極太の砲撃。
直撃したものは何もかも消滅させたビームからも彼は生き残った。
しかし、目の前には沈黙する機体だけ。
動揺する心を落ち着かせ、イナクトの付近に着陸する。

「…」

生き物の鼓動が、ない。
自らの機体を止めればしんと静まりかえる砂漠に、は呆然と突っ立った。
(死んだ。…あいつが?)


一度も勝てなかった。
挑んできたのは毎回彼のほうだったけれど、悔しがったのはいつも私だった。
勝ち誇る彼が憎らしくて、シュミレーションで腕を磨いて、
けれど次の模擬戦で彼は私の更に上を行った。
女だから
そう卑屈になっていた私が、ここまでになったのは彼のおかげといっても過言ではない。
彼が私を、親の七光りの女の下級兵士から、エース級にまで高めてくれた。
それが彼の意図するところではなかったとしても。

頬を伝う水分、涙だと認めざるを得ない。
それほどの悲しみが心を支配していた。
悔し涙だけでは、こんな気分にはならない。

そうか、私は、あいつのことが―…





阿呆な響きの声が砂漠に音を与えたのは、その時だった。





「出迎えご苦労!!随分遅かったな!!」

その声を聞いた途端、口元を覆った手の甲に伝う水分がとても馬鹿らしくなり、
同時に喜びからではない笑みが湧き上がった。
振り返れば、思ったとおりの人物が颯爽と砂山の上から滑り降りてくる。
身のこなしに多少の疲労の色は見えても、怪我などは見当たらない。
あっけらかんとした様子で駆け寄ってくる彼を、は今までに見せたことがないような満面の笑みで迎えた。

「お前が来ると思ってたぜ!やっぱりお前はなんだかんだ言って俺に惚れ」

渾身の右ストレートは彼の頬を直撃。

「どぅっ!?何すんだおま」

体制を持ち直した彼に続いて放たれた平手打ちは
なんとも間抜けな響きを持って砂漠に響き渡った。

「生きてるなら生きてるで勝手にうろちょろしないでくださる?」

回収が面倒だから。
情けない子犬のような表情で見上げてくるパトリックを見下ろしながらが言うと、彼はふっと表情を変えてじっと彼女の顔を見つめる。

「そっか…そっかそっかそっかやっぱな!やっぱりな!!」

両頬を真っ赤に腫らし砂に座り込んだまま
よっしゃぁあとガッツポーズをするパトリックの思考が、
何処に飛んでしまったかは大抵理解不能なのだが、
最近はなんとなく方向性がつかめてきてしまっている自分がいることにはため息をついた。
つまり、彼はとんでもないプラス思考の持ち主なのだ。

「大佐を落とすのも良いが、アタックかけられるのも悪かないな!!」
「意味が分からないわ。」
「照れ隠しなんだろ!」

パトリックはひょこっと立ち上がり、の頬をぺろりと舐め上げてニカッと笑った。の瞳が一瞬見開かれたかと思うと、
次の瞬間には白兵戦で猛威を振るう彼女の黄金の右足が繰り出された。

「ぎゃぁぁああああ!!!」
「生存者はゼロね。」

急所を押さえてうずくまる彼を冷たく一瞥し、踵を返したはざくざくと砂を蹴散らして自らのイナクトの方へと歩いていった。
非難めいた声を上げる彼の声は全く耳に入れずに。




林檎 をした彼女には振り返る 余裕すら




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