「おやすみ、ロックオン。」
「おう、おやすみ。」
今日は夕方から夜にかけてアレルヤと同じ任務で、その後惰性でこんな遅くまで話し込んでしまった。しばらくはミッションがないという予定から来るちょっとした余裕であるのだが、完璧さを求めるどこかのマイスターには睨まれる程度の時間帯だ。
ミッション直後に汗は流したので、後は部屋に帰って眠るだけ。部屋に戻るまでの道すがら、照明が比較的落とされた艦内は静かで。それでもトレミーは眠りはしない。今もブリッジで誰かがキーボードを叩いているのだろう。その誰かのおかげで、俺たちは眠りにおちることができるし、だからこそ俺たちはその誰かのためにもゆっくり眠り、時が来ればプランに従った完璧な介入行動をするべきなのだ。
頭の中で大雑把に今日の出来事の整理をして、ふと、過ぎるのは今日の日付だった。
3月3日。25年前、俺がこの世に生を受けた日。
祝福されて生まれた赤ん坊が、今ではテロ組織の狙撃手だ。
遠き日の今日を思い出す。あのころの俺は誕生日が楽しみで仕方なくて、何日も前からご馳走とケーキとプレゼントに心躍らせた、一人の少年だった。
それが今は一日の終わりに、ようやく思い出す程度。あの時からずっと。祝われることもなく、特別なご馳走もない。機密事項に含まれる個人情報をあえて曝け出してまで祝ってもらうほどのことでもない。
それでも、せめて今日だけはあの少女にそばにいて欲しかったと思う。残念ながら少女は地上で、かなわない願いではあるのだが。
(まあ、しょうがないよな。)
扉の付近に静止して、部屋の解除コードを入力する。すべるように扉は開いて、壁のふちを掴みながら体を自室へと押し込む。まず部屋着に着替えて、それから―…『ぎゃっ』そんなことを考えていると、背後から奇妙な声が上がった。
「…何してんだ…お前…」
振り向いて確認して、まず出たのはため息交じりのそれだった。
眼前には閉まりかけていたドアをこじ開け、…ようとして挟まった一人の少女がいる。
さっき望んだばかりの少女、つまりであるが、まさかの遭遇に呆気にとられる。
彼女は普段から突拍子のない行動をとることが多々あったが、閉まりかけの扉に突っ込んできて挟まったのを見たのは流石に初めてだ。
彼女には解除コードも教えてあるので、無理に挟まってこなくてもこの部屋には入れるはずだし、それでも俺に声をかけてくれればほんの少しくらい開けておいたのに。
なんたるしったい!
私は心の中で叫んで、でも、ちゃんと助けてくれて、部屋に引き入れてくれるロックオンの手の暖かさにどきどきしていた。この部屋の香りも、この手袋の手触りも、彼の微笑も、久しぶりすぎて動悸がすごいことになっている。
ありがとう、なんてお礼を言えば、まあ、挟まられたまんまでも困るしな、と返された。うん、確かに誰かがドアに挟まったまんまで寛げるわけないよね。でも、なんか刹那あたりが挟まり続けてたらそれはそれで可愛いかもしれないけど。アレルヤも可愛いかもしれないけどあの図体でそれをやられるのはちょっと遠慮したい。
…じゃなくて、私は好きで扉に挟まったりしたんじゃあない。必要に駆られてそうしたんだし、そう!自分で扉を開ける時間さえ惜しむ理由が私にはあった。あんまりのんびりした移動装置は無視して自分の脚力だけで進んできたのも、その理由のせい。
ロックオンの部屋に、ディジタルのそれをみつけてほっと一息。
「なんだなんだ?」ロックオンは挙動不審な私の行動に苦笑気味。ああ、その下がった眉が可愛い!私はとびっきりの笑顔を浮かべて、自分の腰元を探った。
「あのね、ロックオン。わた…あ?…え?」
…のもつかの間、私の顔から血の気が引いていく。明らかにない。視線を向けてもそこには何もない。高速移動中に落としたのだろうか。それともどこかにおいて来てしまったのだろうか。というか物からして腕にかかってなければおかしいもののはずだ。あの時は時間に間に合うことにばかり必死すぎて、どこからなかったのかすら思い出せない。
馬鹿すぎる自分に大分涙目になってきた私に、ロックオンは首をちょっとかしげて「何かなくしたのか、」なんて尋ねてくる。かわいいけどすんごいかわいいけどそれどころじゃない!あせってあせって、視線を時計に戻す。右下に小さく表示された二桁の数字の10の位は、なんと臨界点。ちょっと足りないけど、せめてせめて間に合え!
「お誕生日おめでとうニール!」
言葉の勢いにも任せてほとんどその場のノリだけでロックオンにとびつく。
うっとかなんとか苦しそうな声が聞こえた後、ふっと静まった空間。
ピピッ
どこか間抜けに、アラームが午前0時を告げる音が部屋に響いた。
「…と、いうわけでどうにか間に合ったわけです。」
ロックオンの背中に両手をかけたまま、少し体を離して顔を見上げる。けど、すぐに腕でキツく抱きしめられて胸の中に逆戻り。右手で後ろ頭を包む込むように、押し付けられる。ほんわか体温とあいまって、本当に幸せな気分だけど、さっき見た彼の表情には敵わないな、なんて思う。つまり…色白だと赤面が本当によくわかっちゃうのです。この行動も照れ隠しだなぁ、なんて思うけど、私も大概照れているから人のことは言えない。
「だから挟まっちまったのか、そんなに焦ることなかったのに。」
「…当日じゃなきゃ意味ないから。」
「俺の部屋の時計、三分早めてあるっていってもか?」
「!!!」
頬の熱も大分冷ませたのか、右手の拘束が緩まって首が自由に動くようになる。ロックオンが親指で指した先の時計には00:01…36だなんて表示されていた。ロックオンの言葉が真実なら、ちょっとした余裕さえあったはず。あんな醜態を晒さなくてもよかったはず。
ショックで言葉が出ない私にロックオンはぷっと吹き出して、喉の奥での笑いからクレッシェンドし、しまいには声を上げて笑い始めた。
「わ、笑われた…」
「っく、ごめん、笑うつもりはなかったんだけどな。」
ちょっと傷ついた顔をしてみると、目尻に涙すら浮かべて笑っていたロックオンはようやく笑うのを止めた。穏やかな笑顔とか苦笑とか皮肉笑いとか、彼のそういうどこか落ち着いた大人っぽい笑い方じゃない笑い方を見るのははじめてで、なんだかロックオンがとても子供っぽく見えた。そういうとこ、やっぱり…
「本当、かわいいよなお前。」
「ニールのほうが可愛いと思うなぁ、私は。」
「な、自分より年上の男捕まえて何言ってんだ。」
「だってかわいいんだもん。」
本来は格好いい、というべきなんだろう。見上げるほど高い身長に整った顔立ち。程よく筋肉のついた体つき(特に腕!)に心地良い低音。下手な俳優やモデルなんかよりずっとカッコいい。
それでも彼が可愛いと思ってしまうのは、私にとって彼は雑誌や画面越しに見るヒトではないからだと思う。近くにいて、触れ合って、恋をして、たくさんたくさん彼を見てきたからこそ、言えることだと思う。
「ふぅん。…そんなら、どっちが本当に可愛いか確かめてみるか?」
ぞくりとするほど艶っぽい声で囁かれてしまったら、私の負け。余裕を持ったニール・ディランディに私は勝てないし、第一勝つとか負けるとかそういう「思考」自体が奪い去られてしまう。近づいてくる綺麗な瞳に視線は釘付けだし、その後に行われる唇同士での交合には呼吸すら奪われてしまう。意識を失うわけではないけれど、思考も五感もすべてロックオンで溢れてしまえば、それは私が一時的にでもすべて彼のものになったということにならないだろうか。彼に聞けばきっと、そうだと言ってくれるだろう。彼は私のものだなんて大層な事は思っていないけれど、私は彼のものだって、それは確実に言えること。彼をもし失ったら、所有者を失った私なんて簡単に壊れてしまうんだろう。そんな未来は想像したくもないけれど。
長い長いキスが終わって、私の体に力が入らなくなって、彼に支えてもらう。どうだ、なんて自慢げな表情で私を見下ろすロックオン。でも、残念ながら可愛いのは貴方。
「やっぱりニールのほうが可愛い。」
「強情だな、。お仕置きが足りないか?」
右手の親指が唇に、残りの手が私の顎にかかる。ぺろりと覗かせた舌が唇を這うように動く。ぬろりと真っ赤に濡れたそれはまるで、まるで…「あ!」そんなところで私の思考は急展開をみせた。突然あげた色気もそっけもない声にロックオンも目を丸くさせる。でも思いだしちゃったものはしょうがなくて、忘れないように今から行動に移すのみなのである。
「忘れ物しちゃったの。取りに行ってくる。」
ちら、と時計を見たら残念ながら00:04になったところで、3月3日はもう終わってしまっていた。滑り込み祝いを言うだけで終わるよりはずっとよかっただろうと自己完結させ、私はとりあえずロックオンから離れようとした。ようとしたのだが、離してはくれなかった。
「忘れ物?そりゃ後じゃだめなもんか?」
「うーん…ダメ、かな。うん、ダメ。」
「ん…もう少しだけ…」
「すぐ戻ってくるよ?」
「……」
珍しく甘えてくるロックオンはもう撫で回したいほど可愛い。(でも手が届かないから無理だ)
「すっごい焦ってたから、荷物全部置いてきちゃったんだ。取りに行かなきゃ。」
「ああ、…そんなら仕方ない。行ってもいいぞ。」
ロックオンが胸の位置まであげた手のひらに手のひらを合わせて、お互いぐっと手に力を込めれば力が反発しあって動き出せる。私が扉のところまで行って、彼がほんの少し後ろに下がった程度なのは彼が床に足を着いていたからだ。扉を開けて廊下に飛び出して、扉が閉まる瞬間にふと部屋の中を見ればロックオンのやたら綺麗な瞳と目が合った。
私が乗ってきていた小型シャトルの中に、私の荷物とお目当てのものはあった。別にして手元のわかりやすいところに置いておいたにも関わらず忘れたなんて、本当に焦ってたんだなぁなんて自分がおかしく思えてくる。シャトルの中で飲んでいた飲み物の残りを飲み切って、容器だけを荷物につっこんで。
荷物を自分の部屋の中に漂わせたらすぐに扉を閉める。あの荷物が整頓されるのは明日の朝になるだろう。
大きめの包みひとつを持っては廊下を進んでいった。今度はちゃんと移動装置を使って。
ロックオンは部屋の前の廊下で待っていた。そんなに待ち遠しかったのかなんて、自惚れてしまう。
「何持ってんだ?」
「部屋の中で見せてあげる。」
ロックオンが動こうとしないので、右手でカタカタと解除コードを入力、扉を開放する。なんだ、忘れてたんじゃなかったんだな、なんて後ろで失礼なことを言っているので、彼は私みたいに挟まってしまえば良いと思う。(あ、…なんだ惜しいな)
今度はぼすんとベッドに腰掛けて、紙袋からラッピングした箱を取り出す。
「じゃーん!誕生日プレゼント!」
サイドテーブルにプレゼントボックスを置いて、さあ開けろという意味も込めてとんとんとテーブルを叩く。
「中身は?」
「…冷蔵庫へ保存の上お早めにお召し上がりください。」
「はは、食いモンか。」
「誕生日ケーキ的な?」
「手作り?」
「手作り。」
「…そっか、ありがとな。」
ロックオンは箱を持ち上げて、部屋の小さな冷蔵庫へとそれを仕舞いに行った。濃い緑の包み紙の中の白い箱の中、直径10センチほどのタルトレットの中には甘さ控えめのカスタードを敷き詰め、その上にブルーベリーと苺をたっぷりと散りばめてある。ナパージュされた苺のつやつやとした赤色こそ、私がこのタルトその他諸々を思い出したきっかけともいえる。
「宇宙じゃ凝ったモンは作れないからな。特に粉モノは。」
「新鮮な果物も手に入らないしね。そういうとこでは、地上任務でラッキーだったかなって思うよ。」
だいたい、基本的に地上任務は私にとってうれしいことなのだ。地上にマンションすら与えられている刹那、その搭乗機であるエクシア。近接戦闘に特化したその機体をサポートする、遠距離攻撃に特化したデュナメス。そのデュナメスのパイロットが彼だ。
だから彼は必然的に地上にいることが多いし、彼がいるから重力があっても地球が好きだったりする。唯一大気圏突破できる機体を駆る私は他のマイスターと比べても宇宙と地上を行き来することが多い。
最近比較的地上任務が少ないな、なんて思いながら伝えられた地上でのミッション。わくわくしながら地上に降りれば基地にはティエリアだけしかいなくて、勿論出迎えも、それに伴う甘いキスやら抱擁なんかもなかったわけで。(その状況であっても困るけど)
完全に肩透かしを食ったななんて思いながらもきっちりとなっがい任務を終えて、死んだように眠って、寝起きでお昼のニュースを見ていたら「今日は3月3日、ここ経済特区東京では伝統行事である〜」だなんてリポーターが喋っていて、動揺してベッドから落ちて頭をぶつけた。
確認するまでもなかったものの一応携帯電話を開いてみると、ぽこんと勝手に画面が増えて『今日はニールの誕生日!覚えてる!?』…数ヶ月前に自分で打ち込んだ文字と画像が踊っていた。3月3日という日付が彼の誕生日だってことは分かっていたのだけれど、日付変更線を越えたり越えなかったりで日付の感覚自体が麻痺していた。…それにしてもいつのまにか3月になっていたのやら。怒られるのは重々承知の上でガンダムで適当な国で買出しをし、戻ってきてからティエリアに説教をされ、(…無言で睨まれてた時間のほうが長かったけど)それからタルトを作って。
ガンダムを紛れ込ますなんて時間があるはずもなく、(必要もなく!)ほとんど身一つでトレミーまで来た。で、今に至るわけで。
その今はというと、ロックオンに背後に回りこまれて、すっぽりと抱き込まれている最中だったりする。会話はないし、少し重いけれどこれはこれで幸せ。顎が首筋に乗っかっていて、私たちの髪が交じり合う。
このまま全部溶けてひとつになれたらなんて思うけど、本当になったらちょっとグロいかもしれないとか、あれ、ひとつになっときに鏡で見たらどんなかんじなんだろうとか(…それを尋ねたら多分ニールは卑猥な方向に展開させるにちがいない!)、どうでもいいことを考えられる。戦いの中に身を置く私たちでも、こんな穏やかな時間を過ごせる。ソレスタルビーイングに身を置くと決めたときに、諦めた優しい時間。私からプレゼントを贈るつもりだったのに、結局は今日も頂いてしまった甘いひと時。
「あ、他にもプレゼント、あるよ。」
机に置いた紙袋の底にはまだ、ラッピングされた袋が入っている。
指差すこともままならないまま首だけ振り返る。と、ぷちゅっとキスされた。
ぽかんとしてるだろう私に追い討ちをかけるように、長至近距離でとびきりの笑顔を浮かべて。(スナイパーのくせに近い!)
「そりゃ、お前のことか?」
だなんて私の恋人がしゃあしゃあと仰るので。
…違うけど、違うけど、あえて言わせてもらおう!!
お代わり自由であると!!
(クシュン!)
(…風邪かい?)
(フフ、ガンダムが私の噂をしているのだよ、カタギリ。)
(……ガンダムが、ね…)
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ラブラブ前提でちょっぴりギャグで変な話が好きだと最近気づきました。
つまりカオス。
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