少
年
時
代
ようやく、帰路も最後の峠へとさしかかった。
この峠さえ超えれば、あとは村が一望できる下り坂のみ。
背負った籠にはお土産を積んで。
何日も見ていない両親の笑顔を心に浮かべ、
微笑みを自然と浮かべながら。
少女は足下の岩をふみしめて、峠のてっぺんにたどり着いた。
そして少女は、眼下に広がる
ひろくてまっくろな、やけのはらをみた。
おおよそ外見には似つかわしくない叫び声をあげて、少女が飛び起きる。
静謐と暗闇に包まれた部屋には、不規則で荒い少女の呼吸音だけが満ちていた。
「あのとき」よりずっと伸びた四肢をぎゅうと丸め込み、
「あのころ」と同じようにかたかたと震える体を押さえ込もうとする。
少女はとても美しかった。
城の主に一目で見初められるほどに。
2年前、12の時にこの城へ連れてこられ、少女は様々な教育を受けた。
12といえば結婚するには不足ない年齢ではあったが、城主の側室となるに少女はあまりにも物事を知らなさすぎたのだ。できうる限りの短期間で多くの教養を吸収するよう求められ、そしてようやく明日、彼女は正式に数多くの側室の一人として寵を受けることとなっていた。
側室となればすることは決まっている。避けられるはずのないことだったが、少女はそれが嫌で仕方がなかった。城主は他にも自分と同じような年頃の娘ばかり囲っているが、自身は彼女たちより一回りも二回りも年齢が上なのだった。そして、彼女は自分がこの城で一番幼い側室候補であり、一番愉しみにされていることを知っていた。
あきらめるべきだと、年上の側室たちは疲れたような表情で言った。
こんな優雅な生活が出来るのだから、その代償と考えれば安いものだと。
はい、と従順に返事をし、けれど少女はけしてそうは思わなかった。
ただ抱かれるのであれば、どんな醜男でも我慢できよう。けれども城の主の性癖は常軌を逸していた。
少しでも彼の気に入らぬそぶりをした娘はすぐに殺される。
誰も思いつかないような酷く惨い手段で、美しい姿形の原型を二度と取り戻せぬよう、丁重に虐殺されるのだ。それは、そそうをした下男や女中も同じだった。
剣豪や忍、力あるものにはけして害をなさない城の主を滅ぼすのは、最早城内にも領地内にもいなかった。
次の日の夜、少女は美しく、簡素な衣をまとってかしづいていた。
かたかたと震える右手を左手で強引に押さえつけ、馴染まぬ紅を引いた唇を噛み締めて。
襖は開き、歪な影はのそりのそりと近づいてくる。月が陰り、男は勿体ぶるような手つきで少女を床へ押し付けた。
月夜が赤く染まったのは、そのときだった。
静寂は断末魔と化し、辺りが夕暮れ時のように真っ赤に染まる
ものも言わずに無遠慮に倒れ込んできた城主は、背に長い矢を生やしていた。
次々と打ち込まれる火矢、呆然とするほどに炎は素早く少女と肉の固まりの周囲を取り囲んだ。
このままここで死ぬのだろうか。心に浮かんだ自身の結末は、意外なほどすんなりと受け入れることが出来た。これ以上自分に生きる意味などないのならば、いっそ。
『』
遠い記憶の中の声が呼び起こされ、少女の瞳に光が灯る。
少女の想い人の声だった。
彼の遺骸を見つけられなかったことだけが、儚い彼女の希望だった。
その彼に、呼ばれたような気がして。
少女はぐいと屍を押しのけ、小物入れをひっくり返した。
懐に入れたのは小さな巾着袋。そして自分で編んだわらじが一揃え。
十分だとは思わなかったけれども、彼女にはそれしかない。
そして彼女は脱兎のごとく駆け出した。
混乱し、燃え盛る城内を誰よりも早く駆け抜ける。
城にも人にも宝にも、何の未練もない彼女だけができることであった。
当然のように追っ手はついた。
やかましく騒ぎ立てる男たちは、少女の体力が尽きるまでこの醜悪な鬼ごっこに興じるつもりらしい。
「助けて!誰か助けて!」
少女が叫ぶたび男たちはにやにやと嬉しがった。それでも少女は、叫ぶのを止めなかった。
ひとすじの希望に、必死ですがりつこうと。
同い年の少年二人が、まさか希望の光になるだなんてことは夢にも思っていなかったけれど。
「ねぇ、乱太郎。なんかさっきから女の人の声が聞こえない?」
「声?どんな声なの、しんべヱ。」
「助けて、助けてって。向こうの方みたいだけど・・・どうする?」
「とにかく、行ってみよう。私たちがなんとかできる問題だといいけど。」
「ほっとけないもんね。うん!」
「大丈夫ですか?」
ぼさぼさの髪をした少年が林から現れるが早いか、少女を追ってきていた男たちは次々とのされていった。その早業とあまりの力の差に、少女は目を見開いて少年を見つめた。
どう考えても自分と同じ年の頃の少年なのに、少女の視線に、少年は思い出したように狼狽し始めた。
「あ、あははは・・・弱いなあこの人たち、み、見かけ倒しだったみたいだね。僕でも簡単に倒せちゃった。」
少女の疑念の視線が少年から外れそうもないことを聡ると、彼はぽりぽりと頭をかき、苦笑いをした。
「待ってよ乱太郎ー!・・・あー、やっぱりもう終わっちゃってる。」
「今のしんべヱなら、もっと早く走れるんじゃない?」
「昔のボクと比べたらそうだけどー・・・乱太郎は元々足が速いんだもの。」
ぽてぽてと少年の隣に並んだもう一人のふっくらとした少年は、言葉とは裏腹に不機嫌そうな様子はなかった。その二人を順々に見比べ、少女はなんだか懐かしいような空気を感じた。
この人たちなら大丈夫。根拠のない自信だったが、張りつめていた彼女の精神の糸が切れてしまうには十分なものだった。
「気力だけで逃げてたんだ。この子、どのくらい逃げてきたんだろう・・・」
「よかったね、僕たち、助けてあげられて。」
「うん。・・・学園に連れて行こう。先生に怒られるかもしれないけど、ここから一番近い。」
気を失った彼女を抱え、二人は再度帰路へとついたのだった。
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