ランマの皇子様、とわたしは婚約者、です。
突然知らされた婚約だったけれど、わたしは異議はありませんでした。
知らない仲ではなかったし、正直、彼に好意を抱いていましたから。
だから親から告げられたそれを、快く受諾したのです。
あの素敵な王子様のお嫁さんで、ランマのお姫様、ゆくゆくは王妃さま、そして、次の王様のお母さん。
なによりも…の、あいされるひと。…なんて素敵なのでしょう!
素敵なことばかりでないことは、大部族のむすめですからそれなりにわかっているつもりです。
今よりずっと大変なのでしょう。それでも、彼となら。
そう思っていました。…今までは。だからこそ自分を磨き抜いて、今こうして異国の地に一人いるのです。
鮮やかな髪の色の人々が行き交う中、彼の黒髪、特有の髪型は目を引きます。
そのときのわたし、ぱぁっと輝いてでもいたと思います。それくらい、ほんとにうれしかったんです。
でも次の瞬間、わたしはかちんと固まりました。
だるまさんが転んだでも指摘のしようがないような、完璧なかちこちになりました。
…は、いいえ、王子は、その腕に女の子を包みこんでいました。
ふわふわの金髪、赤いリボン、ピンクのワンピース。男の子のはずがありません!
わたしは愕然としました。よく見ればまわりのせくしーな女の人たちも結構な割合で彼に釘付けなのです。
モテる…すなわち、女の方から人気があるとは聞いていましたが、…やっぱりショックでした。
きれいなのです。みんなきれいで…、特にあの子はかわいくて、お人形のように素敵なのです。
そして二人はとっても絵になるのです。お似合いなのです。
今まで浮かれていた気持ちが、一気にぎゅっと握り潰されたようでした。
彼の気持ちを…考えていなかったのです。
(彼は仕方なく…わたしをお嫁さんに"しなきゃならない"のかな…)
だとしたら、こんなところまでついてくる婚約者にいい思いはしないに決まってます。
否応なく添い遂げるのだから、今くらいは本当はあいたくない、とでも思っていたなら。
わたしは急に彼に会うのが怖くなりました。
彼がそういった感情を出すはずがありませんから、いつもどおりに反応してくれるはずです。
心の中ではまたか、と思っていようとも。
がこちらを向きました。黒い瞳がこちらを見つめ、少しだけ見開かれます。
そして、その唇が
わたしはきびすを返して走り出しました。
自分でもよくわからないうちに、走って走って。…逃げました。
いつのまにか、わたしは知らない場所についていました。
テレポートが無意識に発動してしまったようでした。
それくらい、きっと、彼から逃げたかったのでしょう。
帰ろうと思えば簡単に帰れたけれど、わたしはそのまましばらくその場所にいることにしました。
誰もしらないばしょで、ひたすらぼんやりと。
なにも考えずに。
それはとても空虚な時間でした。
涙を全て流し終え、心の整理をつけるには十分な時間でした。
これからもわたしはわたしを磨き続けます。
王妃として恥ずかしくないように、この王妃をランマの人々が誇れるように磨くのです。
だってたとえわたしを愛していなくても彼はわたしを抱くのです。世継ぎを産むまで。
だから、『愛してもらう努力』はいらないのです。
お腹を痛めて産む我が子はきっと、わたしだけを母と慕ってくれるでしょう。
その子のためにならわたしは、どんなことにだって耐えられる気がしました。
精神を統一し、わたしはランマの宮殿の一室に戻りました。
賓客として与えられた部屋には、この国の王子が待ちかまえていました。
「…あら、さま?」
好かれる必要がなくても、嫌われることは禁忌。
「久しぶりですね、…お元気そうでなによりです。」
さっきのことなんて、
「みなさんとは、慣れましたか?」
なかったことに、して、
「…その他人行儀な話し方は止めてくれ。」
「そうでしょうか。」
の横を通り過ぎて、寝台へ。
小さな鞄を脇において、中身を取り出して。
鞄の中身は細々としたもの。ここを発つときには、旅についてゆくことしか考えていなかったから。
鞄の底にひとつ残したのは、わたしの部族に伝わる伝統的な技術を織り込み、巫女…つまりわたし…が刺繍を入れた一枚のバンダナ。
ランマの王族にしか身に付けることの赦されない、聖なるモノ。
「…さま、これを」
「?」
「王者のバンダナです。わたしはこれを届けに参りました。」
きちんと折り畳んだバンダナを手渡すと、はすぐそれを広げました。
「!これは…」俗のものとは違うそれには目を丸くしてから、とりあえずも畳み直して懐にしまいます。
「最初は本当に届けに参ったのですが、お取り込み中のようでしたので。さまにご足労頂いてしまって、申し訳ございません。」
深々とお辞儀をすると、は確信めいたように言いました。
「やはり、あれはだったのか。」
「はい、さまの仰るあれかどうかは定かではありませんが、恐らく。」
顔を上げたわたしをはじっと見つめて、しばらくの沈黙。
「…何故、逃げた」
「逃げ…た?」
「おれにはそう見えた。」
射抜くような黒の視線。何もかも見透かされているような気さえして。
「まさか…逃げる理由がありません。」
その視線に負けて目を逸らすと、彼はそうっと寝台へと歩み寄ってきました。
「、聞いてくれ。」
「わざわざ前置きなさらなくても、聞いていますよ。さま。」
言い終えてから、わたしの思考回路は混乱しているのだと分かりました。
肯定するだけで良かったことなのに、考慮の足りないことを言ってしまったのです。
もう、だめかもしれない。一瞬よぎったのはそんなことでした。
公の場で彼の隣に立つ権利、彼の子を産める権利、
わたしに残されたたった2つの権利を、自ら崖から捨ててしまったかのような心地でした。
きらめく床に縫い止められたわたしの視界が、ぼんやりと霞みます。
「、…おれには、心に決めた者がいる。」
は彼らしくもなくぽつりぽつりと話し始めました。
わたしは俯いたまま鼓膜と唇とを震わせて。はい、蚊の鳴くような声で返すのが精一杯でした。
「…世の女性は皆美しいが、その者だけは特別だ。美しく、聡明で、何よりも心が美しい。」
…ならばきっと、王妃としても素晴らしいのだろう。はぼんやりとそう思った。
「最高の女性だ。おれには彼女しか見ることはできない。」
彼の寵は欠片ですら、その女性以外には与えられないのだろう。
決壊してしまった涙をわたしは叱咤しました。
(そんなこと、とうにわかっていたことでしょう?)
わたしはもう、彼の最後の言葉に頷けたのかどうかさえわかりませんでした。
「でも」
悪あがき、気づいていても止められませんでした。
何かがどんどん、抑えていたものが一気に溢れ出て。
「でも、わたしはだわ。わたしがなの。わたしとの結婚は、陛下がおきめになったことよ」
「父上は関係ない。もしたとえそのひととの愛がゆるされないことであったとしても」
おれはどんな手を使ってでも彼女を手に入れてみせる。
彼は毅然と続け、わたしはもう何もかもどうでもよくなって、顔を上げました。
ああもうこの宮殿から、地上へ身を投げるくらいしなければ、
彼はわたしを見てはくれないのでしょうか。
わたしの絶望的な考えとは真逆に、整った顔立ちはどこかほころび、わたしを見つめていました。
「…だが、その必要はないな。もう、手に入ったのだから」
ふわりと伝わる優しい包容、高貴な香りに、あたたかな体温。
じわりと滲みだした涙は何故かやさしくて。
「おれからちゃんと、伝えておこう。、…お前を誰よりも愛している。おれと、ランマを素晴らしい国にしよう。」
暖かなくちびるがそっと触れ合って、彼の舌がわたしの唇をなぞって。
するりと侵入を果たした彼はわたしを絡めとって、吐息まで逃さないくらい激しく、甘い蹂躙を。
銀の糸を間に伝わせ、名残惜しげに口付けが終わりました。
もう一度だけ軽い接吻をしたあと、彼はわたしを強く強く抱きしめました。
「…ごめんなさい」
消え入るような声を、が聞き逃すことはありませんでした。
「気にするな。おれが悪かったんだ。に顔も見せていなかったしな」
不安にさせてすまないと、は表情を歪め、わたしは慌てて首を横に振ります。
「いいえ、わがままなわたしが悪いのです。さまは忙しいって、分かっていたのに」
「自らの婚約者すら笑顔にできない者が、民を笑顔でいさせることなどできやしないさ。」
つぅっとの頬を包み込んだの手に、わたしはそっと手を添える。
「では、逆もしかり…ですね。」
少女と王子はとびきりの微笑みを浮かべ、どちらともなく口付けを交わした。
(彼女は”子どもたち”の一人。キノコの化け物にやられていたんだ)
(まぁ…そうだったんですか。それであのような…)
(ならキノコがなくとも大歓迎だ)
(っ、もう!さま!)
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ヒロインちゃんはヒーラーでもあるんだと思います(どうでもいい裏設定
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