アナウンサーが今晩の、流星群のピークを告げる。
「ながれぼし、」前のめりになってテレビにかじりついていた彼女はぼんやりと呟いた。続いてテレビは、過去の流星群の様子を映し出す。うまく切り取られた映像のなかで、星が一つ夜空をきらりと流れていった。女はテーブルの上のクッキーに手を伸ばす。きれいな焦げ目のついたそれは女の手作りであり、決して今新聞を読む男の手作りではない。


「ん?」
「あんま夜食うと太るぞ」

新聞からは目を離さず、カップを片手に持ち上げながら男が言うと、女はむっとした様子でそれでもプレートとレースの上から一枚クッキーを摘み取った。彼女はおもむろにクッキーをぱきりと折り、その半分を男の口元に持っていく。男は不満を言うでもなく唇を少しだけ開いて、それを軽く銜えた。

「これでいっしょにメタボだ、ざまーみろ」

ご機嫌でさくさくと残り半分のクッキーを咀嚼した女はサイドテーブルのカップを持ち上げて自らの口元まで運び、「…ありゃ」そこでようやくカップの中がからっぽだと気づく。ちょっとだけ残念な気持ちになりながら、女はカップをサイドテーブルのソーサーに戻した。ニュース番組は次のニュースに移っている。政治的な難しい報道に、男の視線が新聞からテレビへ、女の視線が男へと移った。彼がまだ口にクッキーをくわえたままなのに女は気づいて、少しだけ視線を落とす。彼女が作ったクッキーはまだそのかけらも、彼の体内に侵入を果たしてはいないのだ。(もう、いいや)彼女は思い、彼の口からクッキーを引っこ抜いてぱくりと食べてしまった。それからテーブルの上からクッキーのプレートを持ち上げ、ソファを立つ。ようやく、彼の視線が彼女のほうを向いた。

「な、なんだよ。どっか行くのか?」
「庭」
「は?」
「いらないみたいだからこれ、ノームにあげてくるだけ。」

ノームならきっと喜んで食べてくれる。ユニコーンにあげるのもいい。妖精たちも、彼女のクッキーは大好物だった。口のきけない種の妖精ですら、おいしそうに食べてくれる。そうすればクッキーはなくなるし、彼女だって太らずにすむ。
そう思っての行動だったが、彼は思いがけず焦って新聞をテーブルに投げ出し、勢いよく立ち上がっていった。

「いらないなんて言ってねぇだろ、馬鹿。」
「態度に出てたもん。」
「わかった、ぼーっとしてたのは謝るから」
どっか行くなよここにいろばか。彼女の手からプレートを取り上げて、残る片手で彼女の頭を自分の胸に押しつける。腕の中で彼女はこくりと頷いて、二人はおとなしくソファに戻っていった。彼をどうでもいいことで煩わせたことに女は自己嫌悪した。けれど、彼の腕の中はそれ以上に幸福で、罪悪感を感じながらもその久しぶりの感触がとても、愛おしかった。面倒な女になりたくはないのに、ぽろりと涙が零れた。心が決壊したかのようにぼろぼろと零れた。限界だった。自分でも、よくもったほうだと思う。

「ごめんな、一か月も」

ぽつりと呟いた男の言葉に、女は首を振る。「わたしこそ、ごめんなさい」「なんでお前が謝るんだよ」「だって」彼女の瞳にたまる大粒の涙を彼は吸い上げる。世界会議が長引いた、それだけのことだが、それだけのことではすまされなかった。地球の真逆で行われた会議は彼を本国に返さなかったし、電話ですらも酷い時差のせいでままならない。ぽつりぽつりと、彼は事務的な連絡と一言の言葉を、彼女はつまらないひとりきりの日常を記しては送りあったぐらいだった。
寂しさを埋めるように二人はぎゅうと抱き合って、むぐむぐとお互いを確かめ合った。今晩が終わればまた、彼は普段通りの仕事に戻る。こっちでしかできない仕事が、会議の間に溜まっていた。予想以上に長引いた会議で、予定はぎっしりと詰まっていた。

「なあ…。」女の髪の毛を梳きながら、男は優しく囁く。みじろいだ彼女と目が合って、彼は微笑んだ。

「流れ星、見るか?」
「見たい!…けど、アーサー明日も仕事…」
「構わないさ。お前がいなかったから、俺の睡眠時間は足りてる。」
「…ばか」
「さ、支度するか。ランプと毛布持って玄関で待ってろよな。」

ぽんぽん、と女の頭を軽く小突くと、男はからっぽになったカップを二つとプレートをひとつ持って立ち上がった。





私が言われた通りのものを持って玄関に向かうと、アーサーもちょうどキッチンの扉を開けて玄関ホールへと現れた。断熱型のごつい水筒の中には、おそらくたっぷりと紅茶が入っているんだろう。その水筒を私の首にかけ、彼はうやうやしく私から毛布とランプとを受け取り、ランプに火を灯して扉を開けた。
外には、冷たい空気がひんやりと佇んでいる。そっと家の中に流れ込んできた冷気を押し戻すように、私たちは扉をくぐりぬけた。いつのまにかこんなに寒くなったのか、冬を感じさせる風が少しだけ吹いている。両手で持った水筒がほんのりと、中の紅茶の熱を私に分けてくれていた。ランプのほのかな明かりが、夜の闇を行くにつれて強くなる。人工の光が届かない暗闇では、とても心強い、けれどやわらかな明かりだった。私はあえて空を見なかった。歩いている最中に星が流れるかもしれないけれど、最初の一つは彼と一緒に探したかったから。

なだらかな丘のてっぺんよりすこし下で、彼はランプを置いて逡巡し、おもむろに懐に手を突っ込んだ。「ああ待って」彼のポケットから覗く白いハンカチより先に、私はポシェットからチェック柄のビニールシートを取り出す。「ハンカチよりこっちのほうが汚れないよね?」ばさりとシートを広げる私に彼は苦笑して、「その通り」とおどける。
「俺もそう思ってたんだが、ここに来るまでさっぱり忘れちまってたぜ。」

二人で並んでシートの上に座ると、彼は毛布を二つ折りにして私の肩から下を覆った。
「あー、アーサーこれじゃ不正解だ」
「なにがだよ、俺の分は忘れたくせに」
「アーサーみたいなことしないよ。これはこう使うんだもん」
毛布を思い切りバサッと広げて、私ごとアーサーを包み込む。私たちは一つの大きな毛布の塊から頭を突き出して、夜空を見上げた。夜空は、冬ほど星が煌めかないからかどこか落ち着いた様子だ。それでも夏のような重ったるい暑さがないからか、とても澄んでいて、無数の星の一つ一つがはっきりと冴え渡っていた。
アーサーに包み込まれた背中があたたかい。おなかのまえで組まれた手がこそばゆい。

「なんていうか、…きれいな空だな。」

フランシスあたりならその後に愛の言葉を囁くんだろうな、と思いながら、頷く。私にはそれ以上の言葉は必要ない。夜空のことも、私のこともたくさんの言葉で称えてくれなくたっていい。ただそこにいて、憎まれ口を叩きあいながらも一緒にいて、愛してくれるなら。
それ以上他には何もいらない。
水筒のふたに注いだ紅茶を吹いて冷まし終えた時に、おもむろにスコーンを取り出した彼にも、そう先に伝えておいたほうがよかったのかもしれない。

「腹減ってないか?べ、別に会議の空き時間が暇だったから作っといただけで、お前にやるためじゃないんだからな」
(お星様、どうかどうかお願いしますこの殺人兵器をどうにかしてください。)

視界の端で、するりと星が一つ、流れ落ちていった。



スターダスト☆スイートハート

「遠慮すん…あっ!……悪い、落としちまった…」
「ううん、また今度ね。(お星様ありがとう本当にありがとう)」


MENU
WEB拍手→