暗いのか明るいのかさえ満足に分からない世界に、彼女は漂っていた。
どこまでも霞む脳髄で、は微かに考えていた。 体が動かない、動かせない、否、…動かそうと思えない。 何もかもが空虚で、自分の境界すら分からない虚無。 そんな空間の中に突然声が響き渡る。それでは、ここが静かなところだったのだと思った。 誰も居ないのに響き渡るその声は、だんだんとの意識を覚醒させていく。 「…」 自らの名を呼ぶ、誰か。 この声は、幾度か聞いたことがあった。…気がする。 でも何処で?でも、誰の? 「、世界の愛娘…覚醒なさい…」 まぶしい。 強烈な光が目を射す。 閃光の中に不思議と見えたシルエット、怖いくらい美しい、どこか懐かしいひとがたのなにか。 男性とも女性ともつかないそれは、人間などの物差しでは測りきれるものではなかった。 「貴女はまだ、死んではいけない。」 どこかに急に引き戻される感覚を覚え、少女は覚醒した。 体中がだるく、何かをすることも、何かを考えることも億劫だった。 閉じようとする瞼に逆らってぱっと目を見開くと、脳は一気に活動し始める。 「ここ…っ…」 妙な感触の床は、セインガルドのものともアクアヴェイルのものとも思えない。 大小様々な岩のような塊が床の所々に散らばっている。 気候は寒くも暖かくもなかった。静かにしていれば、少しだけ肌寒い程度。 暗闇に慣れるまで、と少女はじっと座り込み、唐突過ぎる移動や、人物の登場のことを整理しはじめる。 …どのくらい時が経ったのか少女にはわからなかったが、とにかく、暗闇に目が慣れることはなかったし、 結局整理はしきれないままに、動き始める。 「……っ」 立った途端立ちくらみが少女を襲った。 上のほうには、明らかな異臭が漂っていたのだ。 地下水路以上の悪臭。毒ガスかもしれないと直感で思い、少女は慌てて床に伏せる。 一筋の光さえも入らないそこで、無闇に動くのは危険だ。 たとえ見知った場所でも…暗闇では見知らぬ場所も同じなのだから。 彼女の頭の中は、最後に見た彼のことでいっぱいだった。 囁くように動かした唇、最期の瞬間だけ見えた澄み切った瞳。 生ける屍ではあったけれども、主人を殺した少女を赦したシャルティエ。 (オレは、間違ったことはしちゃいない……) リオンのあんな姿をみたくなかったから、リオンに刃を向けた。 そして元凶であろう、あの男・・・ミクトランに切りかかった。 剣を抜けば、死は覚悟しなくてはならない。殺されても文句は言えない。 だから自分は死んだのだ。 膝の部分のタイツが擦り切れ、手や膝に血が滲む。 死んだのに尚痛いだなんて、非情だなと頭に掠めたが、手と足は決して休めない。 冷たい新鮮な空気が流れ込んでくる方向に進んでゆくと、段々光が差し込んできた。 とにかく何があるかわからない暗闇よりも。そう思い、這うペースを上げる。 だんだん…確実に気温が下がっていった。 服についた血は既に固まって、そこから冷たくなるようなことはなかったものの、 ハイデルベルグ以上の寒さに思えた。 けれど、地獄にしては生易しいのかもしれない。 光が溢れてきて、やがて不思議な壁の裂け目を見つける。 もういいだろうと思いゆっくり立ち上がると、もうあまり異臭はしなかった。 ぴりぴりと痺れるように痛む両足を引きずって裂け目に近づくと。 外は一面の雪景色だった。地平線全て雪、時々山。 「寒いわけだよ…」 一気に、やる気が失せた。 冷たい風が防げる場所に腰を下ろし、残り少ないレンズを使って火を起こす。 エネルギーを放出し、直ぐ燃え尽きてしまうレンズ。 少しの暖を貪るために何度か火を起こしているうちに、やがてレンズはなくなってしまった。 寒さに動くことすら出来なくなって、丸まって黙って意味もなくただただ空間を見つめる。 誰がいるわけでもないのに、静寂に耐え切れなくて言葉を紡いだ。 「エミリオも…一回目はこんな風に……逝っちゃったのかな…? そうだとしたら………ごめんな…オレ、相棒だったのに… きっと……もうすぐ………エミリオのとこに…… ……待ってて………すぐ…行くから……。」 眠るように、凍ったまつげを伏せる。 静かに眠ろうと思ったのだが、意思と反してどこからか人の声がした。 体はだるかったが、耳の機能は今回はまだ、潰えていないらしい。 「あーっ収穫収穫、だぁいしゅうかぁく!やっぱ来といてよかったわー!」 「…来なければ良かった…」 「あら。だいじょぶ?シャルティエ。…ふむふむ、限度は十分てとこか。」 どこかで聞いたことのある声が、これではっきりした。 少女は反射的に立ち上がり、裂け目を抜けて外に飛び出す。 「シャル!?」 声を上げて飛び出した先には、2人の人物。 そのうち、ピンク髪の少女の前へ転がり込むように出る。 「あっらー…。人がいたなんて、想定範囲外だわ…」 「あなた、シャルティエを知ってるの!?」 「知ってるも何も。こいつがシャルティエだけど?」 「…え」 言葉につまり、は視線を青年の方にずらす。 金髪の青年は困惑している様子だった。かなり。 「…嘘。」 ちゃんとした人の形をしている『シャルティエ』に対して、思わず呟くと、 『シャルティエ』はシャルの声で慌てて答えた。 「僕は確かにシャルティエですっ!」 「……ピエール・ド・シャルティエ。こいつの本名だけど、心当たりあんの?」 背の小さなピンク髪の少女が囁いた言葉に、は頷く。 「…そう!…だけど、…んー、なんていうか違った…かも…」 「違った?」 「声はそっくりなんだけど―…オレの知ってるシャルは剣なんだ。ソーディアン、シャルティエ。 それを知り合いが持っててさ…」 の溢した言葉に、二人の表情が明らかに変化した。 半開きにした口を閉じられず、驚くばかりの金髪の青年の顔と、 興味深そうにを見つめる少女の顔と。 「……とりあえず、ここじゃなんだから場所移しましょ。ここはあんたの家でもなさそうだし。」 少女の鶴の一声で、『シャルティエ』は硬直を解き、歩き出す少女に続いていった。 しばらく歩いてから、少女は一向についてくる気配のないを振り返る。 「あんたも来るのよ。ってゆーか来なさい。」 妙に偉そうな少女に手を引かれ、は吹雪き始めた中を進んでいった。 NEXT BACK |