これだから陸の民は―…
隠しきれずにはみ出ている髪の毛に、彼は気付いているのだろうか。
水の民の証、といってもいい金髪を隠すために、彼はターバンという手段をとった。
確かに髪は隠れているのだけれど、ターバンという格好はあまりにもウェルテスにはそぐわなくて、逆に注目を集めてしまっている。少し違和感のある服装もそうだ。
彼女は気付いているのだろうか。自らが注目されているということに。
薬で染めた髪は、今は漆黒となって長く背に垂れている。
彼女自身が選んだ服は水の民のものとはかけ離れていたが、…髪の色から考えればそう合わないことも無い。動きにくそうな窮屈そうな服装。
当たり前だが、そこらを歩いている陸の民などよりはずっと…見た目はいいと思う。
あくまで…彼女が良いのではなく、陸の民が悪すぎるからだ、と忠告しておく。
けれど彼を見る陸の民の少女達の視線は、隣を歩く私で唐突に途切れる。
ためいきをついて、興味を失ったかのようにまた歩き始めるものもいれば、諦めきれないといったように彼を目で追う少女もいる。それはそうだろう、隣に剣を佩いた長身の女がいるのだから。
だが彼女を見る汚らわしい陸の民どもの視線は、その次に俺に集まる。
或る者は絶望、或る者は疑問を浮かべて。
…この変装がバレる筈がない。が、一応頭に巻きつけた布を確認した。
大丈夫だ。問題ない。
少女と青年がウェルテスの通りを歩いていた。
どこの上流貴族の娘だろう、という美しく貴やかな娘と、
不思議な格好をした、それでも育ちが良さそうな男。
誰もが一度振り返る二人組だった。
そして目立っている彼らを良く思っていない者が2―…否、一名。
彼は相棒を連れて二人の前に飛び出すと、突然振り付けを交えて歌い始めた。
「ようようそこ行くお二人さん町の掟を知っ…」
そんな男達も意に介さず、少女達はぱかりと二手に分かれて、男を通り過ぎたところでまた元の様に並んで歩き始める。
表情も変えずに。…いや、少しだけ変えた。心底不快そうな表情に、一瞬。
芝居がかった口調で抗議をしながら追いかけてくる男を内心罵倒しながら、二人は町を泉の方へと抜けて行った。やはり男は追いかけてくる。
(何!?何なのこの男!)
(これだから陸の民は!)
早足を緩めずひそひそと会話する少女の表情には、珍しく混乱があった。
いらついたように舌を鳴らす男の淀みない足取りに精神的に引きずられるようにして、二人はどんどん坂を上がっていく。
(どこ行くのよ!これじゃどん詰まりよ!)
(俺に考えがある。とにかく言うことに従え。)
(…OK。)
音には出さず、殆ど相手の唇の動きだけで会話をした後、もう少しで泉、というところまで登りきると、崖を背にして男を迎えた。こちらも勿論そうなのだが、息が切れていないところを見るとただの変態ではないらしい。水の民を付け狙う者かも知れないとも考えたが、なんにしろ街中で行動を起こしてはその後の行動が著しく制限されることになってしまう。少しでも早くメルネスを奪還するため、それだけは避けたかった。
見れば見るほど男は怪しかったが、それは狂気から来るものではないようだ。
だけれど、自分達がもう逃げられないと知ると男は高揚し、満足そうに笑った。
「HEY、兄弟。人の話は最後まで聞くもんだぜ。」
「貴方歌っていたじゃない。」
どことなく青ざめた表情で少女が答えると、男は頭に手を当てて「はっはっはこりゃやられた」だのなんだのほざき始めた。いつまた歌が始まるかわからない。いや歌だけならいいのだ。この男は分からない。行動もそうだが、纏うオーラが外見と食い違いすぎていて違和感がある。油断ならない。無言で立っている青年の横顔を少女が一瞬見つめた丁度その時、少女達から男―…つまり崖から泉に向かって吹いていた風が、ぴたりと止まった。青年はそれにぴくりと反応し、ざり、と崖のほうに一歩後退る。
「き、兄弟!それ以上そっちに行っては危ないぞ!」
「俺は貴様らごときの家族ではない。」
ぱらぱらと小石が下に落ちていった。あの大きなウェルテスが見渡せるほどの高さを持った崖は、かなり高い。下に川はあるものの、それでどうにかなるものではない。
男は焦りだし、軽い物腰を改めた。ここで心中されてしまったら煌髪人での生体実験ができなくなってしまうからだろうか。…そんなことされるくらいなら飛び降りたほうがまだマシとさえ思えたが、まさかその気で彼がここに来るわけがあるまい。道なら他にもいくつかあったはずなのだから。
落ち着いている彼は無言で、何かを待っているかのようにも思えた。チャンス…だろうか。少女は思ったが、彼が動くまで彼女も動くわけには行かない。そういう約束だったはずだ。
ふわり、留まっていた風が反対側に流れ始め、前髪を横のほうへと払っていく。そこそこ長い少女の髪の殆どが風で靡き始めた瞬間だった。
腰の辺りに力強く腕を回され、地面を蹴る音の後浮遊感が襲った。崖の端と共に視界上方へと消えていく男の驚愕の顔もそこそこにその腕の主の方を見ると、相変わらずの無表情の向こうに黒い翼が見える。彼の持つ、『デルクェス』だった。デルクェスは従来の彼の力と風の力によって、少女達を急激に男から遠ざけてゆく。
足の下に何もない奇妙な感覚と、遥か下に見える地表に、さすがの少女も表情が引きつってしまっていた。腰に回された腕ではなんとも心もとなく思った彼女だったが、それ以上相棒に頼るのも気が引ける。せめてとその腕を両手で抱え込み、重力に耐えていると、いつもと少しだけ違う声色で、少女の上から青年が言った。
「何故掴まらない。落ちても知らないぞ。」
少女は珍しくぽかんとした表情で青年を見上げようとしたが、位置的にどうしても彼の顔は見えない位置にあった。
―彼の意味するところは、つまり。―少女は自分に都合の良い解釈をして、体を反転させると、遠慮なく彼の体にすがりつく。少し顔を横に傾けて、彼の体に耳を付けるようにすると、彼の体温と、特有の仄かな香りが少女の感覚を満たした。どこか眠気を誘うような心地よさに、少女は思わずうっとりと目を瞑る。今まで落下の恐怖ばかりだったが、何故かもう、此処が空の中だという感じはしなかった。しっかりと基礎の有る家のような、大地のようなそんなしっかりとしたものがこの青年にはあるのだと、なんとなく少女は思った。
夢のような時間は迅速に過ぎ、既に二人は水の民の里方面まで飛んで来ていた。
地面近くになると少女の心地よさはいきなり奪われ、青年にべりっと引き剥がされ放り出されるような形で地面に降り立った。不満を言おうかとも思ったが、これで結構少女は楽しんでいたので、チャラにしてあげることにする。地面に降りた途端ずんずん行ってしまった彼…ワルターの顔が赤みを帯びていたことは、当人ですら知らないことだった。
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フェロボン。
最初カーチスが陛下だと思ってました。
変換が無い?…仕様です。