プトレマイオスのとある個室。
机の上にある色とりどりのラッピングが施された諸々を前に、少女は歓喜に震えていた。
今から丁度一ヶ月前の成果、ともいうべきか。今日は朝からホワイトデーのお返しがたんまりと返ってきたのだ。あげた物が物なので多少気は引けるものの、それをひいても非常に嬉しいこの状況。写真にはすっかり収めて、画像データはすでに端末へと転送した。小腹が減ってきた今、それらに介入行動しようかと画策していたのである。

(でも、ロックオンとはまだ会ってないな…)

王留美からのなんだか明らかに高級そうな焼き菓子セットと、ティエリアからの飴玉の詰め合わせを棚にしまいこみながら、自然と笑顔は薄れる。一ヶ月前のあの時からあまり、彼と会えてはいない。これについてはしかたがないもので、自分が寂しいだけでなんとかなっているのだ。
しかし、問題はもうひとつあった。
バレンタインのときに勇気を振り絞ってとったあの行動。そのことが少女の頭を悩ませはじめると、もう止められなかった。。

(ロックオン、困ってないかな。私と会うの、きっと億劫だろうな。)

脳裏を掠めるのは笑顔のロックオン。優しくて、時には厳しくて、大好きなロックオン。けれど、考えてみればロックオンは誰にでも優しくて、誰にでも気さくで、誰とでも仲が良かった(…基本的には)
近くにいるときは好き好きと盲目になれたけれど、一ヶ月も会えないでいれば彼に関する他の事にも目を向けられる。そして、恋する乙女は落ちるときは落ちるのである。

勘違いをしていたのかもしれない、から始まって、自らの行動と彼の反応がことごとくネガティブに捉えられていく。抱きしめて、キスをもらった…そのときは舞い上がっていた気持ちも、どんよりと暗い色でどんどん塗り込められていく。
泣き出した私をあやすためのいつもとの延長線上の行動なんじゃないか。
キスにしても、情報端末によると額へのキスは友情の意味が込められているという。さらにきわめつけに、少女は告白への返事を貰っていなかったのである。そしてそれが多分、今日には来るのだ。
待ち遠しく思えば思うほど、怖くなる。心配になる。
優しい彼を悩ませてはいないかと、悩み、そして、大好きな声で告げられる本心を知ることが今は怖かった。

(なかったことにならない、かな。)

本意ではないのは自分が一番分かっていて、そんなことも何度も考えていた。好転していく状況を想像することが出来なくなっているのも、承知済み。
けれども、大げさに言えばこれから天国と地獄にわかれていく彼との関係を地獄方面へばかり思考は進んでいく。ならば今までのように、刹那と共に可愛がられる存在で居続けたかった。


うあーと頭を抱えながら、机に盛ってあるお菓子のひとつに手を伸ばす。保存時間を考慮して、まずはアレルヤ手作りの生菓子からだ。苺のムースとクリーム、スポンジで作られたそれは売り物のようで、クリスも驚いていた。彼いわくレシピどおりやっただけだよ、とのことだが、いったいどこの店のレシピを参考にしたのだろうかなどと女性陣で邪推したりもした。
勿論、その女性陣からもお返しはいただいた。クリスとフェルト、共同制作のホワイトの生チョコ、スメラギからはリボンつきのミッションプラン。プランの中を開いてみるとあえて堅苦しい言葉で、しばらくの地上待機を示されていた。地上には刹那もロックオンも留まっている。
以前なら飛び上がって喜んだだろう計らいにも、今は素直に喜べない自分が悲しい。

ふわっと泡立てられたムースは甘酸っぱい。いわずもがなとても美味しくて、単純思考は一気に至福へと駆け上がっていった。やっぱり甘いものはいい。アレルヤは容貌に似合わず器用で、乙女の思考を…よく分かっているというよりは、共有しているのに近い。たまに私を凌駕する乙女っぷりな成人男性なのである。

リヒテンダールからはお昼のときにマシュマロをもらい、ラッセは忘れていたようで今日のデザートをくれた。(嬉しいことに、プリンだった!)イアンさんたちをはじめ整備士さんたちは最高の整備で返すよといいつつもコックピットにチロルチョコを置いておいてくれて、期待するはずもなかったハロたちからは総攻撃という嬉しいお返しを貰った。
『アリガト!アリガト!』
『ハロ、ウレシイ』
、ガンバル、ロックオン』
なんてまわりをぴょんぴょん跳ねながら言われて、…正直すごく可愛かった。(フェルトが羨ましそうに見てたから堪能した後にけしかけてあげた)

刹那からは手作りのクッキーを送って貰った。一枚先に摘ませて貰ったけれど、かりかりして香ばしくてとても美味しかった。(地上に下がったらお礼を言おうかなと思っている)
というか、刹那の手作りというだけで本当にすごいブランド価値。クッキーといえば比較的日持ちもするので、じっくりゆっくり食べたいと思っている。


小さなスプーンにひとすくいしたムースを口に含むと、ぴこん、なんて画面が開いた。部屋の前の映像を映し出すそれにはロックオンが映っていて、くわえていたスプーンがぽろりと外れてゆっくりと落ちていく。

、入っても良いか?』

音声盤しかない向こうからは何の映像も見えていないはずなのに、画面上のロックオンとすら目を合わせられない。床に着地する前にスプーンを救出して、ケーキと共に机の上においてから、音をたてないようにして深呼吸。

「うん、どうぞ」

ボタンを押しながら答えれば、一瞬の空白の後に扉が開いた。椅子をくるんとまわして応対する。「ひさしぶりだね!」ちゃんと笑顔になっているだろうか?

「おう、久しぶり。元気だったか?」
「元気だった、よ!宇宙も好きだから」
「いつもふわふわしてるもんなぁ、お前」
「微重力、楽しいんだもん。」
「あんまり慣れすぎると、地上で辛いぞ。」
「わかってますー」

だからこその地上任務への転任でもある。人体はもともと、微重力空間で生きるのに適してはいないから。
それでもはこの浮遊感が好きで、どこにも触れずに空間に浮かぶ感覚が好きだった。漂っていても、手を伸べればしっかりと掴んでくれる人がいたから。
ロックオンは(多分)机の後ろの袋やらケーキやらを見て苦笑する。

「それ…全部お返し?いっぱい配ってたもんな。」
「そう!あとお返しくれないの、ロックオンだけだよ?」
「そら悪かったな。」

うつむき加減の私の目の前にぱっと差し出された色彩。
ほんわりと甘い香りのする花々。小ぶりの花を美しく配した花の束に、思わず顔を上げると、翡翠の瞳が柔らかく笑んでいた。

「Thaim In Grabh Leat」

甘く体の芯を揺さぶるような声色に息を呑む。聞いたことのない発音の連なりの意味はわからないが、なんだか動揺して、花束を手にしたまま硬直してしまった。

「お?意味、もしかして分かってたり?」

意外そうに眉を上げるロックオンの言葉に、首を横に振る。こういう反応も出るような言葉なのだろうか?なんだか頬が熱い。

「ちがうけど、…なんだか恥ずかしくなった…」
「んー…何気鋭いんだな、そういうところは。」
「鋭い?」
「いや、こっちの話」

いつのまにか合わさっていた視線をするりと解く。多分さっきのあれは故郷の、私は知らないことになっているはずの国の言葉だろう。つまり、アイルランドの。フェルトにだけ明かした出身地の…『ニール・ディランディ』の言葉。
私が知るわけないじゃない、だなんて、かわいくない思考が自分でも嫌になる。

花束に突っ伏すようにして俯いていると、花の奥にきらりと輝くものがあった。そういえば小ぶりな花束にしてはやけに重い。不思議に思って花束に顔面を埋めると、砂糖漬けじゃねぇんだから食うなよと苦笑された。

「食べてないよ!中になんかあるなって。」
「…もうばれちまったか。ま、そりゃあるだろ。仕込んだんだからな」

「何を?」そう聞くと、見りゃ分かるさと返ってきた。花の位置を崩さないように包装紙の脇からそっと指を突っ込んで、きらりとしたあたりを探る。ぷにゃりとするそれをゆびでつまんで、ひっぱりだす。半透明の風船に包まれた、内側にたゆんと液体がゆれる美しい硝子のいれものだった。

「…香水。」
「その香りな、お前が前好きだって言ってたやつのレディスだ。」
「…私が?」
「言ってただろ?『ロックオン、いいにおいする〜だいすき〜』って」

の真似のつもりなのか若干声を高くして、そのあとロックオンはくっくっと喉の奥で笑った。たしかにいつぞやかそんなニュアンスの言葉は言った記憶がある。しかし、そんなにストレートではなかったはずだ。間違いではないので否定も出来ず、は真っ赤になって肯定する。

「言った…けど」
「だろ?それも気に入ったらいいんだけど。」

ぱんと風船を割ると、途端眩暈がしそうなほどの香りが立ち込めた。濃くて嫌だ、というわけではなく、大好きな香りだから、かぐだけでくらくらする。ロックオンの香りだ。抱きついたときに感じるそれに、女性向けに柔らかい印象が加えられている。
「…?」ロックオンの声に、とろんと瞼が落ちかけるのをはっと振り切る。

「…どうかしたか?」
「ぁ、ん…ううん、やっぱり、大好きだなって思って…この香り、すっごい好き。」

ありがとう、お礼を言って両手で、大事に大事に机の中にしまいこむ。明日からは、朝起きたときに吹きかけよう。彼と似た香りに包まれる自分の姿がなんだか楽しみで、気恥ずかしい。
引き出しの中にスペースを作り、ハンカチを敷いてから置く。ゆっくりと引き出しを閉め、ロックオンの方を向き直る…ことはできなかった。

「ろ、ロックオン…!?」

背中全体を包み込む体温、筋肉の硬い感触が優しく体を拘束する。はぁ、と漏らされた息が首筋にかかって、ロックオンの頭が擦り寄るようにもぞもぞと動いた。癖っ毛にくすぐられて、むずむずする。

「俺も、好きなんだよ…。」

真剣な声はまっすぐに胸を射抜いて、思考を攪拌させる。これは一ヶ月前の返事かななんて、自惚れてしまうのはきっとしかたないと思う。それでも一生懸命ほんの少し前の会話を手繰り寄せて、わたし、以外の選択肢を提示する。

「香水、が?」
「ばぁか、」

笑みを含んだ声は、耳元の髪がかきあげられたせいでダイレクトに耳に入り込んでくる。低められた声は、今まで聞いたことのないくらい艶っぽいもので。

「お前に決まってんだろう。好きだ、。」

私はいつの間にか、最悪の事態なんて考える余裕がなくなっていた。(そのことに気づいたのも、ロックオンが部屋を去ってからしばらくしてのお話、である。)




Thaim In Grabh Leat




(またそれ?なんていう意味?)
(ん?…そう何度も言わせるなよ、照れるぜ)
(??)


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


Thaim In Grabh Leat、アイルランド語の『I love you』であります。

MENU

WEB拍手→