「おーい、何やってんのアスラン!お前が案内してんだろうが! 」
腰に手を当てたハイネが抗議するように指を突き出すと、アスランは
慌てたように三人の元へ駆け寄った。
飲み物の販売機…形だけはプラントのものと同じそれを、硬貨を投入せずに使用する形でハイネはコーヒーのボタンを押した。
ことりと紙カップが落ちてきて、琥珀色の液体が注がれていく。
「最新鋭っても、さすがにこういう基本的なとこは変わってないな、やっぱ。」
「ええ、部屋の方も機能的にはそう変わりはないはずです。」
「ふーん…。」
腰を屈めてカップを取ってから、ハイネは辺りをぐるりと見回した。
休憩室と呼ばれるそこには、今でこそ赤服と呼ばれるエリートの集団がいるため多少緊張した空気があるものの、気分を和ませるための植物やゆったりとした…少し固めのソファが並んでいる。そして何か作業をしている緑服の軍人やら、一息入れている整備士やらもぱらぱらと存在していた。
やはりその中でも一際目を惹く赤の服を着た集団を見回し、ハイネは気難しい感嘆詞を洩らす。見るからに幼い顔立ちをしたシンと、少女らしさを前面に押し出したルナマリア、大人っぽい顔立ちではあるものの、あどけなさの拭い去れないレイ、そして、まだ青年にはなりきれていないアスラン。
ひとりひとりを順番にじっと見詰めていたハイネに全員が反応し終えたころ、ハイネはもう一度口を開いた。
「…でもやっぱ、全体的に若い空気だな。お前ら3人は新卒だろ?アスランだって20越えてない。あー、…なんか俺だけおっさんに思えてくるなぁ。」
ため息を交えて吐かれた言葉に、怪訝そうな表情でシンが疑問を唱えた。
「おっさんって…ヴェ、…ハイネは何歳なんです?」
「アスランの二期上が俺の一期下。これでなんとなくわかった?」
「たい…アスランは確か18歳でしたよね?じゃあ…21歳?」
ヒントを元にルナマリアが結論を出すと、ハイネは満足げに笑って頷いた。
「そうそう。アスランから3期、お前らからは…5期ってとこか?こうして考えると俺も随分長いこと軍人やってんだなぁ…。」
そう言ったハイネは、どこか遠いところを見つめているようだった。
その長年で自分は多くの同胞を失い、そしてそれ以上に多くのナチュラルを殺してきている。けれどそうして必死で生き抜いてきたからこそ、得られたものは本当にたくさんある。
思考がそこまでたどり着けば自然と浮かんでくる笑顔の持ち主を想い、ハイネは表情を緩めた。
「…ハイネは、恋人とかっているんですか?」
唐突に切り出されたルナマリアの言葉に、場の空気がふっと変わった。
赤服全員の注目を受けても彼女はあっけらかんとした様子で小首を傾げている。
「何言ってんだよ、ルナ」
シンが唇を尖らせる。
「なんとなくそう思ったんだもん。仕方ないじゃない。」
「だからって…」
「良い質問だな、ルナマリア。」
シンの咎めを遮るようにして、ハイネはどこか満足げに割り込んだ。
「残念ながら、今のところ恋人はいない。…というか、いたら困るな。」
見せびらかすかのように、ハイネは視線の集まったところへと左手を掲げ、ひらひらと振った。長い指に細身のシルバーリングが一つ嵌っている。上品さを損なわない程度に光を反射するそれは、…薬指に。
「ぇえっ!?既婚!!?」
一番大げさに驚いたのは、もう一人の赤のフェイスであった。
不服そうにハイネは眉を吊り上げる。
「なんだよアスラン、俺が結婚してたらおかしいか?」
「いやっ、あの…そういうわけでは…」
「…知らなかったんですか?アスラン。」
それまで黙っていたレイが疑問を零すと、今度はレイに視線が集まった。
自分達もそんなことは知らない、と抗議せんばかりに視線を送ってくるシンとルナマリアに促されるように、レイはその先を続けた。
「先の大戦が終わり、平和になったからという理由で何組もの軍人の結婚が相次いだ。
そのなかでも特にアカデミーで話題になったものがあっただろう。ルナマリアも大分騒いでいたように見えたが……覚えていないか?」
「…うーん。」
「あ!!」
唸るシンを他所にルナマリアはぽんと手を叩き、それでも思いついたことが信じられないとでもいうように口をぱくぱく開いている。
「本当に?…その……あの?」
「ああ、恐らくルナマリアの考えている通りだ。」
「もったいぶらないで俺にも教えてくれたって…」
シンは仲間はずれにされてぶつぶつと不満を言い、表立たせはしないがアスランの方も同じのようだった。話題と入ってもZAFTの、それも軍内での噂程度の話だ。大戦後、オーブでほとんどを過ごしたアスランは、欠片も知るはずはない。
「『銀の閃光』よ、シン!」
ガッツポーズでもしそうな勢いで、ルナマリアが言う。
「エリート部隊だったクルーゼ隊所属、赤服の女性パイロット…」
最高潮に達しそうなルナマリアに対し、アスランの表情はだんだんと驚愕に染められていく。クルーゼ隊といえば自分も以前所属していた隊だ。イザーク、ニコル、ラスティ、ディアッカといった同期の赤が沢山配属された部隊で、たしか二期上に唯一女性の赤服がいた。
気さくな兄といった位置づけであったミゲルとよく行動を共にし、けれど性格は正反対で人見知りが激しい。それでもだんだんと見せだした本心に、婚約者がいた身ながらとても惹かれた覚えがある。いわば、初恋の人だった。
覚えているのは、ラスティに撮ってもらった写真の中での笑顔。
ミゲルの隣で微笑む姿は美しかったけれども、見たことの無いその笑顔に勝手に失恋して、ミゲルが戦死しても、その代わりなど到底努められないと、結局は諦めた。
確か、名前は…アスランが記憶を穿り返していると、シンが達成感と共に「・!」と叫んだ。
そうして個人名が出たところで、アスランの瞳はこれ以上ないほど見開かれる。ミゲルはその彼女のことをなんと呼んでいた?『、』と、嫉妬すら起こらないくらいに優しく、愛しそうに呼んでいたのだ。
「合ってるけどちがうって。今は『・ヴェステンフルス』。」
盛り上がるルナマリアを他所に、アスランはどこか憂鬱だった。そんな姓は彼女に似合わないとまで感じた。『・ザラ』なんて望みは最初から捨てていたけれども、に合うのは『アイマン』か『ジュール』だと心のどこかで感じていた。
それなのに、『ヴェステンフルス』だなんて姓。二年前は知らなかった姓だ。
二年前は他人だったものの姓だ
恋心を諦めた後も姉のような存在として慕っていた存在が、今のアスランにはとても遠くに感じられた。
裏切られたような、とても一方的な感情だった。
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