その後完全に惚気モードに入ってしまったハイネに艦内の案内を終え、どうしてもというルナマリアと、興味がないわけではない赤3人は、リラクゼーションルームでハイネが戻ってくるのを待っていた。

「結婚したからって、軍艦までアルバム持ち込むか?普通。」

片手にコーラを握り、いつもの調子に戻ったシンは隣に座ったレイへ話しかける。
「それだけ愛情が深いということじゃないのか?」

「…結局婚姻統制だろ、あの人たち。それでもか?」
シンは声を低めて言った。

「俺の考えが答えだとは限らないだろう。」
嗜めるように、レイが答える。

ぶすっと不貞腐れはしたものの、その通りだと思ったのかそれ以上シンは言葉を続けようとはしなかった。
シンの正面…上機嫌なルナマリアと正反対に、その隣に座るアスランは浮かない表情だった。どこか思い悩み、沈んでいるとすらとれるが、そんなアスランの顔はそう珍しいものでもないと誰も気にしないでいた。

そんな時突然にシュッと扉が開き、正面に座っていたルナマリアがぱっと立ち上がった。


やはりそこには橙色の独特な髪をした、赤のフェイスが立っていた。
彼はオレンジ色の分厚いアルバムを一冊片手に抱え、空いた方の手を気さくに上げて合図する。

「待たせたな。」
「いえ、全然!」

俊敏にハイネに椅子を勧め、そのすぐ近くに陣取ったルナマリアは今か今かと胸の前で手を組み合わせる。

「んー…先に忠告しとくけど、お前らが綺麗だからって惚れんなよ?特にアスラン!お前どうしたのさっきから。」

唐突に名指しされ心配そうな声色でたずねられれば、他の3人の視線も意識せずとも集まってくる。アスランはびくりと体を振るわせたあと、愛想笑いと共に「なんでもない」と口にした。

「はーん?そっかお前…オーブ行く前はクルーゼ隊だったもんなぁ。」



そうじゃない!と叫んで、心の中の不満を何もかもぶちまけられたらどんなに楽だろうかとアスランは思った。それでも彼には何の非もないのだ。勿論彼女にもあるはずがない。…戦死した恋人に操を立てなければならないという決まりは、地球にもプラントにもどこにもない。まして、ただでさえ出生率の低いコーディネイターがそんな観念にとらわれてしまったら、この状況下のプラントでは人口低下に拍車が掛からないわけがない。

「べ、別にそんなんじゃ…」

アスランが曖昧に誤魔化すのを怪訝そうにしたのはハイネだけだったが、それもすぐに消えた。

「ま、過去のことに首突っ込むのは趣味悪いからコレくらいにして…確か、見たいのは式のやつだったな?」
「はい!…でも、できたら他の写真も見せていただきたいなぁ…なんて。」
「いいよいいよ、差し障りないやつ持って来たつもりだから。」

彼の言う『差しさわりのあるもの』の中身に興味はあるものの、とりあえず目先の目標を果たすためルナマリアは厚い表紙を捲った。それまでソファに沈みこんでいたシンも体を起こし、アルバムが見られる角度まで覗き込む。




「わぁ…」

開いて一番最初に貼られていた写真に、思わずルナマリアは感嘆の声を洩らした。
まるで絵画のように完成されている一枚の写真が、それだけでアルバムの一ページを占めていた。
プラントのものではなさそうな透き通る青空、清雅な教会をバックに、純白の衣装を身に纏った一組の夫婦が微笑んでいる。
見ているほうまで幸せに頬を染めそうな一瞬を見事に切り取り、元々美しい容貌を持つコーディネイターをより映えさせるような撮り方は、恐らく…否、確実に一般人の手によるものではないのだろう。

「綺麗だろ。一番気に入ってる。」

付け加えられた情報に、無意識だろうか、シンがこくこくと頷いた。
アスランも、驚いていた。
ヘリオポリスに奪われた彼女の笑顔が、…それ以上の微笑が、そこにはあったのだった。いつのまにか、自分が知らなかった者の手で取り戻されていたもの。
先程とは違い、その事実はストンとアスランの胸に落ちていった。




ゆっくりとルナマリアがアルバムを捲るのを、途中で飽きてしまったらしいシン以外は熱心に見つめる―ように見えた。レイのそれは途中から恐らく社交辞令のそれに変化しているらしかったし、アスランは写真は見ているものの、それ以外の何かのほうに大きく心を取られていて、純粋に写真を楽しんでいるのはルナマリアだけのようだ。瞳をきらきらと輝かせ、敬愛する者の自然な表情をうっとりとしながら眺めている。

けれどもページを捲るにつれ、ルナマリアは段々と違和感を感じてきていた。じわじわと襲うそれに耐え切れなくなり、彼女は既にもう見終わった側のページを突然に2、3ページまとめてばさりと戻した。

「…ルナマリア?」

奇行にアスランが逡巡しているうちに、ルナマリアは何度も二つのページを見比べる。ハイネに視線を移しても、彼は唇の端を少し吊り上げただけだった。

「…やっぱり。」

何か企みを思いついたような種の表情で、ルナマリアは腕組みして座るハイネを見上げた。ハイネは何のことだかさっぱり、だとでも言うように両手を軽く上げ、それでも笑みは崩さない。

「夫婦だから当然だと思いますけど…さんが軍を辞めたのって、そういうことだったんですね?」
「そういうことになるかね、やっぱ。」
「タイミングが怪しいとは思ってたんですよ。結婚が機会にしては、ちょっと時期がずれてましたし。」

意図のつかめない会話にアスランは混乱し、情報をまとめることから始めることにした。が退役したことすらアスランには初耳だが、結婚したのならそれも無理はない話だと思った。だが、だからといって彼女がそれだけの理由で家庭に入る人物だとは到底思えないのも事実で。

「い、今いちよくわからないんですが、…そういうことって…?」
「えぇ?アスラン…お前って本当に鈍いんだなぁ。」


呆れたように肩を落とすハイネの隣で、ルナマリアは続きを繰っていった。
ページを捲るたび、写真の中の少女の微笑が慈愛深くなり、どこかふっくらと…

…ふっくら、と?
写真の中の彼女の表情―…つまり、ほとんど顔だけしか見ていなかったアスランがようやく違和感の正体に気付いたころには、誰もがそうとわかるような写真に到達してからだった。

それはまるでいつぞやかの、…アークエンジェルに保護されていたラクス(もちろん、本物のだ)をキラから直に引き渡されたときの、宇宙服の腹部に私服を詰めた姿に似ていた。あのときは本当に驚いた、何せ―…いや、勘違いであったからそれはいいだろう。
ともかく、彼女は昔からスタイルがよかった。すらりと伸びた足と均整の取れた体つきは、一部を除いてなんら変わりはない。ただ腹部だけがぽこりと膨らんで、両手を優しく腹部にのせながら椅子に座る、そして隣に寄り添うように立つハイネの写真で、ようやくアスランは気付くことが出来たのだった。
短時間に畳み掛けるように脳内に押し込められる情報に、ついに、アスランは絶句してしまった。



「あとどのくらいの予定なんですか?」
「それがな、あとちょっとっつーから休暇とってみりゃあ休暇ついでに地球行きで更に配属だろ?プラントに戻ってる時間なんてぜんっぜんないわけよ!連絡はまだだから産まれちゃいないとは思うんだけどなー…」
「うわぁ、それはまた…」
「だろー?軍人だからっても、息子の誕生くらい立ち会いたいっての。」

息子ということは、男の子か…などとアスランが混乱しているうちに、ルナマリアとハイネの話はポンポンと進んでいった。共通して好意を寄せる人物の話題だからか、その話題は尽きない。 シンといえばもう完全に飽きてしまって、ソファに寄りかかって欠伸交じりだ。レイはいつもどおりの無表情に戻ってしまっており、会話に夢中になっているルナマリアの手元からアルバムを引き寄せてパラパラとやっている。


アルバムの途中で会話し始めてしまったルナマリアの手が到達していない場所にまでレイが及ぶと、とあるページの間に一枚、裏向きになった写真が挟まっていた。
そのページから取れてしまったわけでもなさそうなそれ(他のものよりずっと、端がぼろぼろになっていた)をとりあえず手に取り、裏返すと、そこにはと一緒に金の短髪の男がひとり写っていた。
他にも五人ほど赤服の人間が写っており、その中にアスランらしき者もいたにもかかわらずその男にレイが目を留めたのは、少女(他の写真より随分幼い印象を受けるが、のようだ)の反応のせいであった。男に腰を抱かれ、引き寄せられて、あまつさえ頬にキスを受けているのに嫌がる様子は見受けられない。指先ひとつも彼を拒否してはいなかった。
と、いうよりはむしろ。


そこまでレイが考えたところで、その写真は黒の袖にぱっと奪われた。驚いて後ろを振り向くと、なんともいえない表情を浮かべたアスランが立っていた。
非難を交えた視線を送るとアスランの顔は一瞬焦りに染まり、けれどすぐに硬質なものへと変貌していった。

「アスラン、それは―」

ハイネの所有物です、と続けようとしたところで、アスランに口を塞がれた。レイが不満そうにアスランに視線を送っても、ただ渋面を横に振るだけだった。
会話に夢中なハイネもルナマリアも、この一連には気付いていないようだった。

「あとで…あとで説明するから、今は…」
「…分かりました。」

声を潜めて言えばあっさりと引き下がってくれたレイに、アスランはほっと安堵しながら飲み物を取りに行った。席を立った口実のつもりなのだろうな、と思いながら、レイはアルバムの続きへと意識を滑らせる。



ダージリンのボタンを震える手で押し、胸に押し付けていた写真を恐る恐る捲る。
写真自体は、入隊してまもなく撮られたものだ。
その時既に有名で、二つ名もついていた先輩二人と写真が撮りたいといったのは今はもう亡き二人の親友で、話を快く了承してくれ、それならばと無理矢理イザークとディアッカも交えたのはやはり殉職した先輩だった。先輩の友人に頼んで、何枚か撮ってもらったうちの最後の一枚がこれだ。
最後の写真を撮る瞬間にミゲルは、に唐突にキスをしたのだった。はそれを非常に恥ずかしがり、写真の注文をとるために一枚ずつ試しに出力した写真を自分から奪って更に元の写真データも消してしまった。そして同じように、写真自体も処分されてしまったと思っていたのだ。

今思えば、あのころも幸せだったんだなと思う。戦時下ではあったものの、ニコルもラスティもミゲルもいた。そして、今はもういない。二度と戻ってこない、届かぬ場所に彼らは逝ってしまった。それぞれたくさんのものを生き残ったものに遺して。




もしミゲルが生きていたら、あの綺麗な写真、の隣で微笑んでいるのは彼かもしれない。今更でも、もう実現しないことだとわかっていても、ひどくやりきれなかった。









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