艦の主だった兵のみで行われた作戦会議。
その終わりに告げられた、「中立国」オーブの地球軍への増援。
それを聞いたアスランは一瞬、目の前が真っ白になった。
思考の端にちらつくのは、金の髪の姫君の姿。
彼女が愛し、戦火から守りたいと願った国。
明朝、彼はかの軍隊へと銃口を向けねば、ならない。
「オーブにいたのか、大戦の後ずっと。」
甲板で一人思い悩むアスランへと、ハイネは歩み寄っていった。
不安げな表情で振り返ったアスランの隣に陣取ると、今は穏やかな海に向かって言う。
「いい国らしいよなぁ…あそこは。」
行ったことはないけれども、『南国』という気候に属すると聞いたことはある。『南国』は一年中暑いらしいが、それゆえに植物園の温室で育つような植物が自生するのだと。
「…ええ、そうですね…。」
ハイネは苦笑して、手すりに両手をかけた。
プラントにはない、乾燥した空気が頬を撫でる。それは塩の香を含んでいて、プラントで生まれ育ったというのにどこか懐かしいものだった。
確かに今はとても穏やかで、明日になればここで戦闘が起こるなど想像も出来なかっただろう。けれどもやはり、このダーダネルスは黒海を防衛するのに第一の要衝であり、オーブ軍と連合軍が攻めてくる以上、艦長の言うとおり衝突は避けられない。
「この辺も、綺麗だけどなぁ。」
「はい。」
質問には淀みなく答えるものの、アスランの声色はどこか暗かった。オーブと戦わねばならないと聞いたときから調子がおかしいのは気付いていた。一人で考え、決断した方がよいだろうと考えて気を使っては見たものの、時間は彼に明確な答えを与えてはくれなかったようだ。
「戦いたくないか。」
疑問というよりは確認の響きを添えて、ハイネはそう紡いだ。
だが主語も目的語すらない言葉だったがためか、アスランは感動詞を返した。
「オーブとは。」
目的語を付け足せば、よりいっそう彼の顔は沈んでしまった。
アスランはハイネの顔を見ずに、景色を見るでもなくそうだと答える。
答えを得るまでもなく、そう答えることは分かりきっていたことだった。
シン・アスカなら此処で『違う』と反抗したところだろう。けれども、本心は恐らくアスランとそう違いはないはずだとも。
ミネルバに配属になるときに貸し出された個人データには、一通り目を通させてもらっている。ちなみに女性兵士の3サイズなどはのっていなかった。安心したような残念なような。
とにかくもハイネはここで、一つの考え方を提示することにした。少しでも彼の助けになればと願って。
「じゃあお前、何処となら戦いたい?」
もし選べるのなら、どこならば迷いなく殲滅させることができるのか。
どこの人間なら、何の後悔も、躊躇いもなく撃ち落とせるのか。
何からなら、命を奪ってもいいのか。
そんな意味を短い言葉に込めて。
ハイネの問いかけにはっと我に返り、アスランはその真意を読もうと視線を合わせた。けれども少し微笑みを湛えたハイネの表情は、彼が真剣に問うているのだとしか教えてはくれなかった。
「え?いや、何処とならって…そんなことは…」
アスランは戸惑い、言葉尻を濁した。ZAFTの軍人としては、連合と答えるべきだろうか。ナチュラルに母を殺されたコーディネイターとしては、ナチュラルと答えるべきだろうか。けれどもどちらも違う気がした。死んでいい人間などない。本当は、殺してよい人間など誰もいないのだ。
アスランの答えは出なかった。が、それこそがハイネの狙いであった。
「あ、やっぱり?俺も。」
アスランの方に身を傾け、さきほどよりは幾分か軽い口調で言った。
何故だかとても懐かしいその響きに哀しさを感じるのは何故だろう。疑問が解ける前に、ハイネは神妙に続きを紡いでいった。
「…そういうことだろ?割り切れよ。今は戦争で、俺達は軍人なんだからさ。でないと、死ぬぞ?」
いつだったか、誰かが自分達に言ってくれた言葉だった。けれど結局、死なずに残ったのは今や自分だけとなってしまっていた。『死ぬなよ』初めての邂逅の終わりに、ミゲルはアスランとニコルにそう、告げたのだった。
「…はい。」
そして、死ぬなといった張本人が一番最初に、逝って。
もう越えることも出来ない。あの時の彼に今更勝ったところで仕方がない。
ハイネと話して感じた既視感の正体に、気付いてみれば簡単なことだった。
彼は、彼に似ている。
「何も感じないってのも…人間としてどうかと思うけどな。でもお前みたいにあんまり思い詰め過ぎると胃に良くないぞ〜?苦労人!」
「ええっ!そんな、俺は…」
「苦労してんだろ、お前。女難の相が出てる。」
アスランの額に寄った皺をハイネは親指でぎゅうと伸ばし、ふふんと笑った。
「は、ハイネ…」困ったように声を上げたアスランは、なされるがままそうしていた。
「『隊長』なんて面倒だからもうやめちゃえって。お前はアスランでいいんだよ。」
自分の中でぎゅうぎゅうに締め付けた何かが、程ほどのところまで緩められていく。
太陽のような光が、頑ななものをじわじわと溶かす。
出会ったばかりだというのに、彼はどうして、こんなに。
「さーてと、それじゃ、訓練でもしますか。もちろん付き合うよな?」
『トップエリートの技量、見せてもらおうじゃないの。訓練行くぞ!』
重なった影にアスランは目を見開いて、それから微笑した。
「…はい!」
自分より少し先を歩く背中へ追いつくよう、歩調を速めながら。
『地球へ?!どうしてそんな、急に…』
通信画面には、前回よりお腹の膨れた愛しい愛しい妻の姿。
けれど悲しいことに、今彼女の表情は哀しみに歪んでしまっている。
それもこれも、久しぶりに取れた休暇をふんだんに使用した、転属の知らせの所為だった。なんとかやりくりして、折角中日を出産予定日にあわせたというのにこれでは元も子もない。
準備にも地球までの道のりにも日数は掛かるし、向こうではラクス・クラインの慰問コンサートの手伝い。そのまま地球で一日のオフの後に配属という、なんともハードな『休暇』と相成る。
「議長直々に頭下げられちゃなぁ…どうにもこうにも。」
『フェイスだものね。ハイネは』
「そうなのよー。仕事は嫌いじゃないけど、さすがに不足だって。」
『私もハイネが足りないよ?でも…ここにも半分ハイネがいるから』
そういうと、は視線を落とし、お腹を優しく撫でた。
の視線を取られてハイネは少しだけ不満を持ったが、すぐにかき消えた。赤ん坊の息づく胎を見る彼女の視線は愛情と慈しみに満ちていて、久しぶりに見た彼女は、途方もなく『母親』になっていた。年齢的には下なのに、自分よりもずっと大人に感じた。
は自分よりもずっと、育ちゆくいのちを感じているのだろう。
男の身では決してわからない感覚に、ハイネは少しだけ羨ましさを感じていた。
『ハイネ?』
気付いたときには、はこちらに向き直って不思議そうにハイネを見つめていた。きょとんとした表情はハイネの見慣れたもので、彼は安堵の混じった吐息とともに「なんでもない」と答えた。
その時、ハイネの部屋のブザーが音を立て、男の声が通信機を通して聞こえてきた。
ハイネを隊長が呼び出していると告げられると彼はあからさまに嫌そうな顔をし、それを見たが苦笑する。
「ちくしょう。休憩時間中だぞ」
『そう言わないの。じゃあ、いってらっしゃい。…気をつけて』
ひらひらと手を振るにうなずき返せば、端末に表示されていたの姿はただの無機質な画面に戻ってしまった。忙しく時間に厳しい軍に所属していた彼女ならではの気配りであり、それに助かっているのはやまやまだが、少しだけ寂しいのも確かだ。
「…会いたい」
会って抱きしめて口付けて。
こんな細切れなものでは足りるわけがない。一日中、一緒に過ごしたい。
通信は切れてしまっても、二人の気持ちは繋がっていた。
互いが、互いに、そう思っていてくれるようにと願っていた。
『本艦は出撃よ。最前衛マルマラ海の入り口、ダーダネルス海峡へ向かい守備に就きます。発進は○六○○。』
ザフトやプラントの為だけにじゃない。
のために、そして、子供のために。
俺は絶対に、堕ちるわけにはいかない。
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