一人の少女が、白いシーツに包まってすやすやと眠っていた。 分厚いガラスごしに入ってくる、柔らかな朝の日差しが優しく少女を包み込む。 その日差しに促されるように、少女の体は身じろぎ、やがて紅の双眸がふにゃり、と開いた。 「起きたかね。」 まるでその時を見計らったように扉が左右に開き、男が一人、部屋に入ってきた。 「…ハイドさま…?」 片眼鏡に、僧帽、そしてマントを身に着けたその男は、名をハイド、と言った。 男は柔和な笑みを浮かべると、少女の横たわる大きなベッドの横の座椅子に腰掛ける。 少女は慌てて指で髪を梳り、自分の下に敷いてくしゃくしゃにしてしまっていたワンピースの裾を引っ張った。 少しは皺が取れるかと思ったのだが、両手を離すとすぐに布地は元のようになってしまう。 困ったように眉を顰めた少女にも微笑を絶やすことなく、ハイドは穏やかに問いかける。 「よく眠れたかい?」 「はい、ハイドさま。」 「それはよかった。きちんと寝ないと元気に過ごせないからね。 健康が一番だ。特にお前は、『お勤め』で体力を奪われてしまうのだから。」 少女は首を横に振った。 「私の出来ることは、それぐらいしかないもの。」 「『石』を手に入れればお前の負担も軽くなるだろう、もう少し、辛抱しておくれ。」 少しだけ申し訳なさそうになる『主人』に、少女は首を振って微笑んだ。 「だって、平和のためですから!」 安心したように微笑んでからハイドは立ち上がり、部屋を去るのと入れ替わりに妖艶な美女が部屋の中に入ってきた。 「、朝食よ。」 「いつもいつもありがとう、カミラ姉さま。」 「いいのよ。」 洒落た彫り込みがしてある丸テーブルの上に朝食の載ったトレイを載せ、カミラと呼ばれた長身の女性は美しく笑んでみせた。 少女のほうを見るために首を傾けたため、背中に垂らしてあった長髪が幾筋かさらさらと前のほうに垂れてくる。 直ぐに踵を返そうとするカミラを、慌てては引き止めた。 「これから、同志を集めに行くの?」 「…ええ、ごめんなさいね、。私急ぐのよ。」 「あ、ごめんなさい…」 「お勤め頑張るのよ。じゃあね。」 カミラは颯爽と部屋を出て行った。 は閉まった扉に向かってべーっと舌を出すと持ってきてもらった朝食をぱくつき始めた。 朝食後。身だしなみも整え終えぼんやりと本を読んでいると、突然カチンと音がして数瞬後に扉が開いた。 少女の胸が一瞬絞め上がった。静かに長く息を吐いて、上体を軽く捻って扉のほうを見る。 「おはよう、テムジン。」 先程、男と女性に見せたものとは、また違う笑顔が零れた。 「ああ、おはよう。」入ってきた金髪の少年は、微かに笑みを浮かべる。 白銀の鎧をきっちりと着込み、兜を片手に抱えたその姿は紛れも無く西洋の騎士のものだったが、 少女にとって少年はそれよりも、王子だった。 ハイドが王ならば、自分はこの移動する城の…姫君だとすら、持て余した時間で想像したこともあった。 ―だって三騎士は三人が三人とも「姫」って感じじゃないし。 少年との視線がふと合うと、は堪えきれない、といったようにテムジンにしがみついた。 テムジンは殆ど反射的に、少女の体に腕を回すと、抱えていた兜ががしゃんと床に跳ね返った。 「…痛いけど。」思い切り打った右頬をさすりながら、はテムジンの腕から逃れ出る。 「当たり前だ。鎧を着ているのが見えなかったか?」 「テムジンしか見えなかったわ!おおテムジンわたくしの騎」 「気色悪いから止めてくれ。」 「だからって手甲で殴ること無いでしょー!」 涙目になって殴られた額を抑えてうずくまると、頭の上でテムジンが微かに笑い声を上げた。 「テムジン。」 元から短く終わる類の笑い声は、もうひとつの声によってより短縮なされた。 「は、ハイド様っ!」 畏まりながら、テムジンはしまった、という表情を浮かべている。 「暴力はいけませんと、私はあれだけ言った筈ですが…」 「…すみません。」 ハイドはにっこりと微笑み、テムジンに許しを与えた。 「わかれば良いんです。それはそうと、テムジン。やってもらいたいことがあります。詳しい説明は玉座の間でする事にしましょうね。」 「わかりました。」 「も、あまり皆に心配をかけてはいけませんよ?」 活動的な服装―つまり『散歩』用の服装を見咎められ、はバツが悪そうに返事をした。 「…はい。」 『散歩』はけして、良いと言われていることではなかったのだ。 テムジンとハイドが去ったころ、はハンカチに朝食だったロールパンとチーズを包み、小さめのウエストバッグに入れたものを腰に巻きつけ、そっと部屋を出た。 エレベータで上へと上り、城で一番高いところにある出入り口から外へ出る。 久しぶりの外の空気だった。けれど今まで吸っていた空気のどれとも違った―…異国の空気。 なんとも沢山の高い山がある、見たことも無い絶景がそれを実感させる。 「へええ…本当に違う大陸なんだ…。」 きょろきょろと辺りを見回すと、少女は突然、高い高い城の天辺から、飛び降りた。 重力に従うことなく、少女の体は拡げた白い光の翼で滑空した。 風に乗って、そう、風に乗って。 「えええ何コレ!この国なんでこんなに風が強いの!?ちょっ、わ、」 の体は突風に煽られ、思ってもないところへと吹き飛ばされていった。 「…また迷子だよ絶対…最悪ー…」 せめて落下だけはしないようになんとか風に乗り、やがて、は森に囲まれた小高い丘に降り立った。 NEXT MENU |