少女に連れてこられたのは、不思議な場所だった。
兵士がたくさんいて、鍛錬や武器の手入れをそこかしこで行っている。
外よりは幾分か温かい地下の坑道のようなところを通り、また外に出て、
ドア代わりらしい布をくぐってまた暖かいところに入り、そこから階段を降りて…
俺は今、メルヘンチックな乙女の部屋にいる。





「…で?あんたはもしかして、未来人なわけ?」
あまりにも単刀直入すぎる問いにの反応が一瞬遅れた。

「…未来人?」
「そ。…あんた、『ソーディアン』の『シャルティエ』を知ってるって言ってたわよね?」
「そうだけど…なんでそれで俺が未来人ってことになるんだ?」

は不思議そうに部屋を見回した。
一見メルヘンチックなこの部屋だが、
高度な機械があったり部品が落ちていたりとどこかズレている感じがする。
服の散乱したベッドの上に少女(彼女はハロルド、というらしい。)
(女の子にしては珍しい名前だ)が足を組んで座り、
シャルティエ(何度か会話したのだが、どうにも声…というのだろうか。)
(雰囲気などが似過ぎている)は両手を膝にきちんと揃え椅子に座っている。
ハロルドは紅ののった唇を少し尖らせるようにして喋る。
すねているわけではなく、癖らしい。

「ソーディアン、まだ試作段階なのよ。まだ人格も投影してないわ。
…つまり、この時代で『ソーディアンのシャルティエ』を所有した人物がいるのは普通に考えてありえないの。わかる?」
「…は?試作段階…って…ソーディアンは天地戦争時代…千年前の遺物で、ヒューゴさんが発掘して…」
「ストーップ!」


ハロルドが指を目の前に突き出し、ずいと近寄った。

「な…」
「これではっきりしたわ。結局あんたは未来から来たのよ。」
「俺はハッキリしないけど。」
「私には分かったの。」

うんうん、と一人で納得するハロルドに、は不満そうに表情を歪める。

「変な顔しないの、今説明したげるから。」

その後つらつらと並べ立てられた三十以上の『が未来から来たと言う根拠』を聞き終える頃には、
すっかりのお腹も音を上げ始めた。
それを耳聡く聞きつけたハロルドは、にやりと何か思いついたように笑って、立ち上がった。
袖のファーやあっちこっちに飛び跳ねた髪が、動作に少し遅れて飛び跳ねる。


「何か軽く作りましょうか?これでも料理は得意な方なの。そうねぇ…サンドイッチとか。」
「は、ハロルド!」

シャルティエが大げさなほど声を上げ、ガタンと音も立てて椅子から立ち上がった。

「あら、なぁに?」
「…ぼ、僕は部屋に戻るよ。ほ……ほら!まだいろいろとやらなくちゃならないこともあるし…!」
「…ふぅん。例えば?」

どことなく嬉しそうな響きが篭った質問に、慌てふためくシャルティエ。

「いろいろだよっ!」
「だから、その『いろいろ』とやらの例を1つ上げてみてよ。」
「…」
「発想力がないわねぇ。大丈夫よ、女の子からデータは採らない主義なの。」

腰に手を当て、事も無げにそう言うハロルドに、は思わず奇異の感を抱いた。
何故気付いたのか。
名も口調も、およそ女らしくはないものであったのに。
シャルティエも反論しかけ、少しの間のあと、言葉の意味をきちんと汲み取ったのかぽかんとを見つめている。

「顔に出てる。『なんで知ってるのか』って。
 凡人はだませるかもしれないけど、天才様の目は誤魔化せないわよん。」

部屋の照明が反射でもしたのか、彼女の目は一瞬、確かに光った。








「なんでそうしてるのかは聞かないわ。答えを聞いちゃったら面白くないものね」


ぐふふ、と少女らしくない笑みを付けて、彼女はそのあとそう言った。

たとえ本当に…ここが千年前の世界であるのなら、である必要はもう、ない。
偽る必要はない。そう言ったのだが、あっあんたヒント出したわね酷いわと言われただけだった。
はもう『』で生活することに慣れてしまっていたが、
ハロルドの兄だというカーレルに初対面で
女の子だったら女の子らしくしたほうが良いですよ、と微笑まれ、(まったく兄妹そろって鋭すぎる)
はやっと『』としての自分を取り戻し始めた。
今まで特に意識した訳ではなかったが、準客室剣士の制服を脱いで改めて見てみると
自らの体は若干の丸みを帯び、胸も膨らみ、少年として欺くのには成長し過ぎてしまっていた。


ヒューゴが世界を救う…正しくは、ミクトランが地上を滅ぼす…計画を早めたのも、
私の性別が露見するのを恐れてのことだったのだろう。
今はもう、あの時代に私は存在しないから、ある意味都合は良かったのだろうが――


あの日から数日間。
私は女医―アトワイト・エックスさんのもとで、だんだんと「女らしさ」を取り戻してきていた。
…それは言い過ぎかもしれないが、とりあえず自分のことを「私」と呼ぶようになったことだけは確かだ。
不思議な力、回復昌術を軽く扱える私は重宝がられ、戦時中のここに留まることを許された。
丁度彼らはソーディアンの開発を始めたばかりで…

ソーディアン。

一つの単語がひっかかり、はとりとめもない思考をストップさせた。
先程から流れてくる声は、聞いたことがあって、見たことがない。
そのはずだ、彼は1000年前の…

ソーディアンオリジナル、シャルティエなんだ。…そして、マスターは。



「っ!!」
「!?」

突然机を叩いて立ち上がった私に、シャルティエがカップを落としそうになる。

「あちちっ…」
「あ、ごめん。」
「何なんです、いきなり。」

非難がましい視線を向け、ハンカチで手を拭くシャルティエ。
彼の人格を持つソーディアン、それにそのマスターを探してここに来たというのに。


「私…何やって…っ…」


ハロルドの奇行に忘れさせられていた、彼の存在。
生きている可能性は…あの状態では、無い。
死ぬところを確実に貫いたはずだから……他でもない、自分が。
けれど死体くらい、お別れするぐらいしてもいいはずだ、と思う。

自分で止めを差しておいて、と思うかもしれない。けど、
あんな状態でなければ…殺したりするわけないのだから。

冷静さを欠いてはいけないと、何度も何度も彼に忠告されていた。
その言葉だけが、今のを外の猛吹雪から遠ざけさせていた。

「…?」

困惑と心配の眼差しを向けるシャルティエ。
…彼が、ソーディアンの『シャルティエ』の人格の元…つまりソーディアンオリジナルであるのは、
ハロルドの何時間にも及ぶ説明(真面目なはつい全部聞いてしまった)で分かった。
けれどそれを知っても何もならない。
手がかりは完全に絶えた。
自分以外は誰もリオン・マグナスを知らない時代に、どうして彼の消息が掴めようか。
それとも、ここに飛ばされた時点で、私は彼に会う権利を失ったのだろうか。
恩人の息子を…相棒を斬った私には、供養の権利も残されていないと。
あえて私を生かした上で、苦しませたいのか。

は力が抜けたようにくたりと椅子に座り込むと、テーブルに伏せった。
嘆いても始まらない、悲しんでも事態は変わらない。
分かっていたのに、嗚咽が零れた。


私にそんな権利はないけれど、
せめて、せめてリオンが…安らかに眠れているように。
心の中で何度も何度も、呟いた。

シャルティエはいよいよ困惑し、意味もなく手をわたわたとさせる。
彼のそんな様子を目に止めたカーレルが、苦笑しながら近づき―
「あーいたいた!兄貴!シャルティエ!」

ハロルドが手を振り、三人の方へと走りよった。
も腕で顔を拭い、そちらへ視線を向ける。

「あらごめんなさい、起こしちゃったかしら。」

でも急ぎなのよ、と唇を尖らせて、彼女は先程の言葉の続きに戻った。

「ソーディアン試作初号機が完成したのよ。
 人格投影はまだ無理だけど、普通の武器よりはソーディアンに近いわ。
 で、もーちょっとデータが欲しいから後で付き合ってくんない?あとあんたと兄貴だけだから。」
「ああ、分かった。」
「ん。三十分後に研究所で。…じゃあ行きましょ、。」

突然はぐい、とハロルドに手を引かれ、ほら立ちなさいよと促される。
疑問符を浮かべながらもは立ち上がり、引かれるままに歩いていった。

「え、な…なんで私?データ採取?」

少しだけ怯えたを片手に、ハロルドは私室の扉をワンタッチで開ける。
機械の山と可愛らしい服の海。
ソーディアンの試作品が沢山床に転がっていて、机にも一振りの剣が置いてあった。
おそらく、これが完成したソーディアンの試作品なのだろう。

「もうそれは済ませてるわよ。」
「……!」

思わず絶句する。その反応など計算済みだというような口調でハロルドは続けた。

「採血だけよ。…でも、それを分析しようとしたら機械が壊れたわ。」
「こっ、こわれ…!?」
「整備はちゃんとしてるし、そう古くない機械が、よ。やっぱりあんた私たちとはちょっと違うみたいね。」

ハロルドは椅子に腰掛け、同じような大きさのボタンが沢山あるパネルを指で叩き始めた。
指は何の迷いもなく動かされ、しかし彼女の口からは苦もなく言葉はつむぎ出される。

「いろいろ調べてみたのよ…これでも。
私の知り得る限りのデータベース…まぁ知らないのはちょこっとだろうけど―…から検索した結果、
やっぱり、リオン・マグナスはおろかでざえも検出できなかった。
 これは私の推論の裏付けね。そしてあなたのような前例は全くないわ。
 ま、ちょこちょこあったら堪ったもんじゃないけど。」

カタン、と最後に一つキーを押して、ハロルドはふ、と息をつく。

「…全部説明してもしょうがないから端折るわ。
 …結論から言うとね。あなたは元の時代に帰れるわ。」
「本当っ!?ハロルド!!!」

思いがけず大きな声を出してしまったを上目で見て、ハロルドはにやっと笑いがてら少し唇を尖らす。


「んー、元の時代…というか、それに近い時代なんだけど…。どうしてもね、誤差が出ちゃうのよ。」
「え…それはど、どれくらい…?
「悪くて前後五十年ちょいってとこね。」

にとってそれが大きな誤差か小さな誤差かはよくわからなかったが、
ここに留まるよりはずっと『自分』の時代に近いということだけは分かる。
最悪、五十年後に飛ばされてしまったとしても、
良くも悪くもどこかで誰かが覚えている可能性はあるのだ。
それは噂すら望めないこの時代よりはずっと、彼を想う彼女にとってはマシで。

「…あんたは戻りたいんでしょ。元の時代に。」
「それは…戻りたい…けど…」
「でしょうね。…あんたがいなくなると寂しくなるわ。」

ハロルドは背もたれに寄り掛かり、少しだけ寂しげな表情をしてみせた。
がごめん、と呟くと、なんで謝る必要があるのと窘められた。

「…会いたいんでしょ?その、リオン・マグナスって奴に。」

こくり、と頷くを見て、ハロルドも満足そうに頷く。

「それに、私の都合で未来人を過去へは置いとけないわよ。歴史が変わっちゃうわ。」








パネルをぱちり、と叩いて、パネル前面の壁にブワっと文字や記号が出現する。
下から上へと流れていくその列は、まるで整然とした軍の行進のようだ。
先程から数十分…荷物を纏めて(といっても、これといった荷物はないのだが)、
ハロルドの私室、兼ラボへとは戻ってきていた。
いつか自分は帰る身だから、そう説明してきた身だから、
今更別れを告げにわざわざ会議を中断させるわけにはいかなかった。
…それに彼らとの別れよりも、リオンのことが大事だった…彼らには失礼かも知れないが。
やっと帰ることができる。やっと。やっと、彼に―――…

沢山の、本当に膨大な数列。
単語の一つも理解できないがぼぉっとそれを眺めていると、突然ぶつんと音がして画面が消えた。

「ど、どういうことよ!」

がたんと、椅子を蹴倒して立ち上がり、
身を突き出してさっきまで画面があったところを焦った表情で見つめる。
どうやらこのことは、ハロルドの計算上にはなかったらしい。


「……オーバーロード…。……もう!理論は完璧なのに!!」
「…ハロルド?」
「………ごめんなさい、。」


滅多になく落ち込んだハロルドの様子で、なんとなく彼女は理解した。
やはり、千年もの時間を行ったり来たりするのはそう簡単なことではなかったのだ、と。
落胆とやり切れなさ。それを誤魔化すようには困ったように笑った。
「あー、なんていうかさ、わた」言葉の途中で、ハロルドはくるりとこちらを向いた。

「ぅふふふふふふふふ…」

「は、ハロル…ド…」

まるで涎でも垂らしそうな―…嬉しそうにニヤついた表情を、浮かべて。

「ずぇーーーったい、クリアしたげるわ……」



今度はは、苦笑するしかなかったのだった。
















NEXT

BACK









絶望的だった状況に、一筋でも光が差してきたようです。
でも、血液だけとはいえ結局データは採取されちゃってました。早業です。