「…母ちゃん。あそこに人が倒れてる。」 最後尾の荷車に揺られ、じぃっと後ろを覗き込んでいた少年が言った。 少年の母は、いつもなら何を冗談を、と受け流していたところだが、今日は勝手が違った。 先程通り抜けた谷で、倒れていた二人の少年を引き取ったからだ。 まったく異なる服装をした二人は、今族長の荷車でエミナの介抱を受けている。 確かめるだけならすぐに済む。女はくるりと後ろを振り返って、目を見開いた。 少年達と同い年くらいの少女が倒れ込んでいるのもその要因だったが―…その少女のまわりを困ったように回り続けているのは―… 「カヒコ様!行き倒れの少女が――…!ネルグイ様もいます!!」 女より先に、少年の父が前を振り返って大声で言った。 「お祖父ちゃん!」少年達の手当てをしていた黒髪の少女が、スナダチョウの上の祖父を顧みる。 それが早いか、少女の祖父…カヒコはすぐに「キャラバン」の進行を止める合図を出した。 「今日は、行き倒ればっかりじゃな…ともあれ、ネルグイちゃんが見つかってよかったわい。」 白い顎鬚を長く垂らした老人は、複雑そうに隊列の後ろへ視線をやった。 キャラバンの男の乗るスナダチョウに乗せられて、年若い少女が―こんな荒地に何故いるのか疑問なくらいの華奢な少女が、カヒコの乗るスナダチョウに追いついた。 「気を失っているだけのようです―外傷は見当たりません。」 「うむ。エミナ。」 「はい。」 エミナが男から少女を受け取り、金髪の少年の隣に寝かせると、カヒコは今日三度目になる出発の合図を立てるのだった。 「ほんに、今日は拾いモノが多いわい。」 薄布一枚隔てたそこには、二人の少年が眠っていた。 老人はごりごりと薬草を擂り、周りに置いてある壺の中から幾つか粉や葉を取り出し鉢の中に入れて、また擂った。 「…ご迷惑をおかけします…。」 キャラバンが最後に拾った金髪の少女はただ疲弊していただけらしく、一時間の介抱の後にこうして起き上がり、仕切り布の近くにちょこんと座っているが、全身を打撲したり骨折していたりする少年達は、未だ起き上がる様子を見せなかった。 少女が起きてすぐの見立てでは、少年達は2、3日は意識が戻らないと感じてそう言ったが、数時間たった今、その見立ては尋常でないスピードでどんどん縮まってきている。 確かに少年達は若かったが―若いだけでどうにかなる速度ではない。明らかに異常な回復力だった。 「いや、いいんじゃよ。困ってるときはお互い様じゃろ。」 「そうですか…わかりました。ご恩は必ず返します。」 紅く染まった虹彩が、真摯に老人に向けられる。 「あいててててて!」 突然上がった苦痛の声に、少女が仕切り布の方を振り返った。 「…起きたようじゃの。」 老人は小さく呟いて、小さな実を幾つか、別のすり鉢へと落とした。 ―テムジンの声じゃなかった。少女は振り返っただけで、すぐにすいと顔を元の位置に戻す。 ナルトらしき声の主は、ぽつりと何事か呟くとそれきり黙りこんでしまった。 老人が少女に椀を一つ差し出し、自分はもうひとつの椀に、すり鉢から薬らしきものを移している。 「目が覚めても、無理に動かん方がええのォ。…二、三日は目が覚めないと思っとったが…」 言いながら老人はよっこらしょと腰を上げ、仕切りの垂れ幕を開けて向こう側へ行ってしまう。 少女は何事かとしばらく椀と湯気を立てるその中身を不信そうに見ていたが、ふと思い立ったかのように自分も横端から垂れ幕をすり抜けた。 「これはどうしたら…」 視線で老人を捉える前に、ナルトと視線がかち合ってしまった。 呆気にとられたようなナルトと、複雑そうな表情をしたはしばし目を瞬かせる。 「…あれ?どうしてがここにいるんだってばよ?」 沈黙を破ったのはナルトだった。は苦笑を浮かべる。 「助けようと思って追いかけたけど、倒れちゃって…逆にこの人たちに助けられちゃった。」 「そっか。…ってぇ、倒れたって!ちゃん、だいじょぶか?」 「あの崖から落ちるよりはずーっと軽症だと思うよ?」 「あっははは、それもそうだってばよ!」 後ろ頭に手を当てて笑うナルトだったが、次の瞬間表情が変に強張り、咽喉の奥から絞り出すような小さく切実な悲鳴をあげた。 がくすくすと笑うと、ナルトも照れたようにへへ、と笑った。 「でも、心配してくれてありがとう。」 「そりゃあ、だって、はもう俺達の仲間だろ?」 驚いたように、微笑で閉じられていたの瞳がぱちんと開いてナルトの方を向いた。 「…なかま?」 「おう!吊橋で手貸してもらったしー…昼も味見さしてもらっちまったしさ。それに―…」 指折って「仲間だというあかし」を数え始めるナルトを、はどこか眩しいものを見るような目で見つめた。…彼に攻撃を加えたテムジンを、助言した私が仲間だって? 「あと―…」 数えるものがなくなったか、ナルトの視線が天幕内を彷徨った。 「…?…あぁーっ!!コイツ!!!」 数瞬のラグの後、ナルトは思いっきり勢いよく立ち上がり、憤慨した様子で何かを指差した。 指差すほうへ視線を向けると、あどけなく眠っていたテムジンの瞳がぱちりと開き、険しい表情でナルトを睨んだ。「ほう…こっちも意識が戻ったか」老人はゆったりと言った。 テムジンはナルトから視線を外さずにぐっと体に力を込め、せめて上半身だけでもと体を起こそうとしたが、思ったように力が入らないらしかった。 「やいやいてめえ!いきなり襲い掛かってきやがって、いったいなんだってばよ!」 どうやら、さすがに攻撃を仕掛けた相手は許せないらしい。 熱くなり、今にも動けないテムジンに食って掛かりそうだったナルトの包帯だらけの背中を、老人はパシンと叩いた。あまりの衝撃にナルトは悶絶し、ぴくぴくと痙攣すらしている。 「威勢がいいのは結構じゃが…争いはいかん。わしらは助け合って旅をしてるでな。」 「だって、コイツは!」 何かが動いた気配がしてナルトがもう一度鎧騎士の方を振り返ると、しかし、騎士自体は動けていなかった。 その代わり、先程自分が『仲間』だと認めた少女が、優しく騎士を窘め、寝かしつけているところだった。それだけならまだ『敵にでも怪我人には優しい少女』に格上げされるだけなのだが、こともあろうに騎士は少女を自分とは180度違う柔らかな表情で見上げていたのだ。 「…っぉ、な…おぅぇっ!?」 混乱した脳が発した何の意味も無い言葉は、だが、少しだけ困ったように、けれど嬉しそうな微笑を浮かべた少女の気を引くには十分だったらしい。 「知り合いなの。」 は顔を上げると、にっこりとナルトに微笑みかけた。 NEXT BACK MENU |