慌て、少女を質問攻めにするナルトだったが、少女は何を聞かれても自分が話せることではないと首を振り、最後に、テムジンは優しい人よ、とだけ言った。 テムジンの隣に座り込んだは、毛布の中からテムジンの左手を取り出して左手の指を絡ませた。 ナルトはすっかり黙ってしまって今は、エミナ、という名の老人の孫娘に包帯を取り替えてもらっている。 それから小一時間はたっただろうか。ぼんやりと、気を抜けば眠りそうな気分でいると、きゅ、と左手が強く掴まれて意識を現実に引き戻された。見ると、テムジンがじっとこちらを見つめていた。先刻とは違う、微かな非難を込めた強い眼差しで。 「…もしかして…怒ってる?」 テムジンはこくり、と頷いた。 「私に…一人で帰って、報告しろ。って…?」 目を瞑って、もう一度頷く。 は下唇を軽く噛んで、テムジンから視線を反らせた。 確かに、ハイドに仕えるテムジンにとっては…報告が第一なのかもしれない。けれどはそうは思わなかった。彼の安否が心配だったから、それが一番大切だったからここまできたのだ。彼のいない城に戻っても何の意味も無い。彼のいないまま平和な世界が実現しても、それはの望むものではなかった。平和のためなら自分の命をも省みないテムジンとは少しだけ、目的が違う。 「…バカじゃないの。テムジンを見捨てることなんて、出来るわけない。」 「おれに…固執するんじゃない。」 掠れた声で、テムジンは答えた。本気の目だった。第一、元から冗談なんていう人じゃない。 はただ首を横に振った。 「は、おれと違っ…て、平和のために…かけがえのないものだ。の力がなければ、ハイド様だってさすがに、理想郷には辿り着けない。」 けれどは否定し続けた。少しだけイライラした様子で、テムジンは声を荒げた。 「戻れ!決めただろ!平和のために…理想のために頑張るって!」 「…戻らない!」 「!!」 「一人じゃ…絶対に…戻らない。」 泣きそうに顔を歪ませるに、焦ったように憤慨するテムジン。 もともと「散歩」は安全なものではなかった。 テムジンとしては要塞の中という完璧に守られた場所にずっとを閉じ込めておきたかったのだ。 そしてこのけがれた世界からすべての危険を消し去ったあとで、鳥籠の扉を開いてやりたかった。 美しく綺麗な世界で暮らさせ…暮らしたかった。 だけれども、彼の意思に反しては時折外の世界へと抜け出しては、大抵傷をこさえて発見される。探しにいくのも見つけるのも全て彼の自主的な仕事といっても差し支えない。 少女を迎えにいくこと、探すこと、それら自体は何の苦痛も伴わなかったが、もれなくついてくる少女の傷はたとえ葉で切った小さなものであっても、テムジンの眉根を寄せるのには十分だ。 けれどハイドに「元気でいいですね」と暗黙の了承とも取れる発言をされては、表立って文句も言えない。<br> 本当は自分も着いて行きたい所だが、任務を放ってしまったら本末転倒だ。 外ではしゃいだ後の彼女の嬉しそうな表情も、いまいち「禁止」にしきれないところがある。開放感を以って、少女は本当に幸せそうに微笑むのだ。 もちろん、の方は鳥籠に収まっていたいと願うほど淑やかな令嬢ではなく、現にこうして、両者の間で無言の睨み合いが続いている。 「…まぁまぁ、喧嘩するでない。おぬしのことを心配してくれる人を、無下にするもんじゃないぞい?」 二人の険悪な様子を見かねてか、老人が口を挟んだ。 テムジンはびくりと体を痙攣させてから、首だけで老人のほうを向く。 「…いろいろ事情はあるじゃろうが、な。それに、女の子にそんな口叩いちゃ嫌われるぞい。」 「……。」 また黙ってしまったテムジンを、ナルトが不満そうに見ている。 何かの意地なのか、まだ喋ること自体が辛いのか、それからしばらくテムジンは口を開こうともしなかった。 それからまたしばらくして、事情も全く知らないエミナがキャンプへ戻ってきた。どうやら友達と話をしてきたらしい。 老人と二言三言話をすると、エミナは薬と包帯を手にこちらへとやってくる。 「包帯を替えに来たの。…ね、起こすの手伝ってくれる?」 言われているのが自分だとようやく気付いて、はテムジンの左側から体の下に手を差し入れようとした。けれど彼は、同時にそうしようとするエミナの手も制し、左肘に体重をかけてむくり、と上半身を持ち上げる。はほう、と安堵の息を吐いて、両手を膝の上に戻した。 もう上半身を起こせるようになったのだ。一晩待てば、いや、たった一晩過ごすだけで、そう変わらない生活を送ることが出来るだろう。テムジンの体の包帯を巻き取ろうとするエミナに申し出て、(エミナはにこりと笑って、快諾した)が代わりにテムジンの包帯を外した。 ―本当は、もう包帯を変える必要がないほど綺麗な肌に戻っていたのだが、血で汚れた服の上はまだ乾いておらず、ほとんど服代わりに包帯を巻きつける。端正な体つきは、年頃の少女にとってはある意味で目に毒だった。エミナは違うようだが。 少し年上の優しいエミナは、のそんな初々しい様子を見て微笑んでいる。 恥ずかしさに目を反らすと、外で焚き火をしながら何かをやっている老人と、にかっと笑いながら腕を振り回しているナルトの姿が目に入った。 「へっへっへー、オレってば、たいていのケガは一日ありゃあ治るんだってばよ!」 自慢げに言うナルトの顔だったが、火にかけてある壺の中身がすぐ眼前でぼんと軽く爆発すると、さすがに笑顔が引きつった。 「ほう、そりゃあ便利な体じゃのう。しかし、あの兄ちゃんも大したものじゃ。」 笑いながら、老人はこっちに―…正確には、テムジンの方に視線を送った。 石が埋め込まれているのだから、テムジンの回復が早いのは当然だが、 石の反応がないナルトのほうがずっと回復が早いのは一体どうしたことか、と少女は内心思う。迷子になった先で出くわした少し間の抜けた少年が魔導昇雷撃に均衡するほどの力を持っているだなんて夢にも思わなかったことだ。 そしておそらく、テムジンはこちらへ、ナルトを誘うのだとも思う。ナルト自体はとても明るく話しやすいし、友達になれそうだから、是非とも一緒に来てもらいたいとは思うが―… はじっとナルトを見つめた。赤の双眸が、炎の渦のように燃えた。 …あの中身は、是非とも遠慮しておきたい。薄ぼんやりと見えた禍々しい獣のような影を視て、はあんなものが平和のために役立つとはとても思えなかった。テムジンにしてみれば、おそらく「ハイド様なら正しく扱う」とでも言うだろうが、そういう問題ではない。断言できる。意思をもったそれは、決して人間には扱えないと。『石』もその点ではそう変わりはしないが、『石』である分なんとかなるところもある。 少女の視線に気付いたのか、ナルトはちょっと赤くなった。 それもすぐに消えて、テムジンに向かってむすっとした顔を見せる。この少年は本当に百面相だ、とは思った。 テムジンの首がナルトの方を向いているのを見て、なんとなく、彼の表情が予測できた。ケガもなんとかなっているようだし…挑戦的な目で見返しているのだろう。 「若さってヤツは羨ましいのぉ」 どこかしみじみとした様子で、老人は言った。 こちらを体ごと向けた老人の表情が一瞬だけ強張ったのを、少女は見逃さなかった。 何に対するものだろうか。治りの早い体か、それとも…。 柔らかい毛質の刷毛で薬を塗り終え、は新しい包帯をくるくると巻きつけた。 まだ老人とナルトが話している中、とことことこちらへやってきたフェレットがテムジンの右手を伝いに飛び移ってから、首周りを三分の二周し、テムジンの左肩へと出ると彼の胡坐をかいている足の間までやってきて、くるりんと丸まってそこに落ち着いてしまう。 「アイツ、本当に人見知りなのかぁ?」 ネルグイ、という名前らしいこのフェレットは、初対面から人見知りには思えなかった。 あまりナルトは好きではないようだが、にも懐いたし、それ以上にテムジンによく懐いている。それはもう、老人の見解が果たして本当なのか信じがたいほどに。 「…の、ハズなんじゃがのう…」 どことなく寂しげな老人の声色に、は思わず苦笑したのだった。 NEXT BACK MENU |