悲鳴が、聞こえる。 血の臭いがする。 いつもは夜空いっぱいに輝いている幾億の星が、今夜は、ない。 周りの家が燃え上がる炎に焼かれて灰になってしまったのだろうか。 いつもならもうベッドに入っていても良い時間なのに、 ベッドどころか、家すらもない。 いつもなら、こんな時に…こんな恐ろしい時に私を抱きしめていてくれている、両親もいない。 違う。足元に倒れている、血を流している、もう微笑んでもくれない、 そんなのは両親では、ない。いない。もう。 家の壁と、瓦礫の中に挟まって、少女は一人ぼんやりと物思いに耽っていた。 こんな惨状は夢だ。夢に違いない。 戦争の惨禍など遠い異国の話だと思っていた。 けれど、どうだろう。国境にあるこの、大きいとはいえない平和な村は、 夕闇の中襲撃され、一瞬のうちに略奪しつくされてしまった。 金品も家も、村人も家族も何もかもが、少女から奪われた。 少女はもう本当に一人だった。断末魔ももう聞こえないし、助けを求める声すらしない。 ただただたくさんの見知った顔の人々が―… 少女を育ててくれた両親や祖父母、隣の家の優しいおばさん、 向かいの、綺麗で憧れていたお姉さん、産まれたばかりのお姉さんの小さなあかちゃん 、遊んでくれと自分によく懐いてくれた男の子に、その子が好きな女の子たちが―… 冷たくなって、ところどころ焼けて、お姉さんなんか裸にたくさんの青痣やら ぱっくりと割けた切り傷やらをつけて、道端や焼け跡にぐったりと倒れていた。 敵国の…ほんの数百メートル先の国境の向こうの国の兵は、通りがかりに、 ただ、あったというだけで村を壊滅させた。 そう思うと少女の中に怒りが湧き上がった。 けれどどうすることもできなかった。 足がすくんで、歯の根が合わず、目の前で切られていく両親に対して声すらも上げることが出来なかった。 どんなに憎くても、悔しくても自分の命が惜しくて、 なんとか逃げ延びられたら、とそればかり考えて。 村の出口から大群がいなくなったのを横目で見て、 安心からか、少女は瓦礫の下から這い出た。 そして、くるりと振り返り……言葉を失った。 少女のいた瓦礫に寄り添うようにして、 目が血走った男が狂気の表情でこちらをじっと見ていたのだった。 男の視線はで定まらず、 けれど顔はしっかりとこちらを向いていた。 ひっ、と引き攣れた声が少女の咽喉から漏れると 男は嬉しそうに顔を歪ませる。 「おじょおちゃん、ひとりかぁい?」 男はおもむろに剣で串刺しにされているお父さんからずるりと剣を抜き取って、どす赤く汚れた刀身を右手で構える。 よく見ると男の左手は、肩の辺りから無く、男の顔の半分は血と何かとでぐちゃぐちゃになっていた。 「おじちゃん、もう死にそうなんだよぉ。だから、」 血で濡れた刃が、振り上げられる。 「一緒に……死ね!!」 右手を鋭い痛みに襲われて、少女は悪夢から引き戻された。 静かな夜。細かく荒い自らの息の音だけがやけに響いて聞こえる。 毛布の中から右手を取り出すと、フェレットのネルグイも一緒に着いてきた。 …右手の甲に噛み付いた、その体勢のまま。 「…ネルグイちゃん。」 一言声をかけるとネルグイは立てた牙を外し、ぺろぺろと傷口を舐め始めた。 「ううん、ありがと。…嫌な夢だったの。」 チチッと鳴くネルグイをそっと、空いている左手で撫でてやると、ネルグイは気持ち良さそうに目を瞑った。 どうしてもそのまま、また眠りにつくことなど出来なくて、仕方無しには上半身を起こした。 隣のテムジンもその隣のナルトもあどけない表情でぐっすりと眠っているのを見て、なんだか彼らが羨ましくなる。穏やかに眠っていられる、ただそれだけのことなのに。 小さくため息をつくと、はもう一度毛布に潜り込み、目を瞑った。 今度は、今日のような、楽しい夢が見られますように、と願いながら。 少女が眠りに落ちた頃、少女の隣で、少女と同じ紅い双眸が月を見つめていた。 「…ハイドさま……」 掠れた、どこか震えの混じった微かなその声は、夜の闇に溶けて消えただけだった。 NEXT BACK MENU |