「…ここは…!?」 どこかで見たことのあるような、でも来た事はない場所だった。 ここがどこなのか、どうなっているのか、考えているうちに障子越しに声が聞こえてきた。 さっきの本はもう、手に持っていなかった。 「あ、目、覚めたんですね。良かった。」 障子が開いて、同い年くらいの学ランを着た眼鏡の男の子が部屋に入ってくる。 見たことがある…どこかで。でも、何処で? 「ここの前に倒れてたんですよ。ちっとも目覚まさなかったんで…勝手に連れ込んじゃったけど…」 「…そうなんですか、スミマセン。」 とりあえず返事をしておいたけど、頭の中はごちゃごちゃだ。 私はあの変な本を読んでいたはずで、でもそれはなくて、 私は自分の部屋にいたはずで。 倒れていた?私が? 上半身だけを起こすと、私はラフな格好になっていた。 といっても上もブラウスの下に着ていた白のTシャツで、下は学校指定の短パンのまま。 のポケットには、今日の昼のカロリーメイトの残り一袋が入っている。 ブラウスとスカートはきちんと折り畳まれ、携帯と一緒に枕元に置いてある。 「……あの、本を見ませんでしたか?文庫くらいのサイズで、カバーがかかっていて―…」 私がそう発言したとたん、男の子の表情や態度がギクシャクとしたものになって、そして… 「すみません!!ほんっとーにすみません!!!!」 …土下座しだした。 私は本当に一片も理解できずに、きょとんとその男の子を見るしかなかった。 「え、あの…」 「あれは侑子さんが燃やしちゃったんです!!害のあるモノだとかなんとか言って…… ずっと抱きしめてたみたいだったから止めたんですけど、問答無用で!」 男の子はひたすら謝っていたけど、私は他のことを考えていた。 この違和感の正体を。この男の子に感じる妙な親しみを。 そうだ、このひとは…… 「四月一日君尋…」 「え、なんで俺の名前…」 男の子は顔をあげ、私の顔を見つめた。 やっぱりそうだ。彼はホリックに出てくる「四月一日君尋」。 思いついたままを言ってしまったけれど、それはマズいことに今、気づいた。 「俺のこと知ってるんですか?」 知ってる…といえば知っている。色んなことを。 でも、それはマンガを通じて知りえた情報で… 私が知っているということを彼は知らない。 なんかこう…窮地って感じだ。 「主様がお呼びー!」 「主様がお呼びー!」 障子を左右に勢いよく開けて、ホリックの…マルとモロが入ってくる。 シンメトリーの動きでにっこりと微笑んでいる。 「またっすか…いったい今度は何…」 「四月一日じゃない」 「そっちの子」 マルとモロは不思議な色を宿した双眸で、私を見つめる。 四月一日くんが焦ったように私を見やる。 魂のない二人は、にこりと笑うと両側から私の手を掴んだ。 「いらっしゃい。」 煙管を手に、女の人が寝台に寝そべっていた。 寝台、というよりか、 様々な小物や布に飾り付けられて、まるで怪しげな露店のようだったけれど。 「私は壱原侑子。…知っているでしょうけど、次元の魔女とも呼ばれているわ。」 「…やっぱり…」 「貴女はちゃん…ね。」 「そうです。は…初めまして」 「初めてじゃないわ…でも、初めてかもしれない。」 「??」 侑子さんは艶っぽく微笑むと、「露店」の一部だった杖をすっと取り出した。 「…突然だけど、貴女にはある次元へ行って貰うわ。」 「ここは中継点だと…そういうことですか?」 「そうよ。貴女は途中でここに落ちてしまったの。でも世の中には偶然はないわ。」 「あるのは必然だけ…」 「ええ。流石によく知ってるわね。」 侑子さんは立ち上がり、とん、と杖で畳を叩いた。 杖を中心に、文様が浮かび上がってくる。 「貴女のしたいようにし、生きたいように生きなさい。それが答え、それが正解なのだから。」 風が、私を包み込む。 「また、この地で会いましょう。。」 「…はっ!って私どこに送られるんですかー!?」 「それは教えられないわねー?」 「えええっ!?あっ、ゆ、ゆーこさ…っ…!!」 「行ってらっしゃい。」 侑子さんの綺麗な微笑みが見えたのを最後に、私の意識は一瞬、途切れた。 べしゃ、と泥飛沫を上げて投げ出されたのは、雨の降りしきる路地裏。 私の服装は雨や泥でぐちゃぐちゃになっていて、私の手は小さくなっていた。 着ていた服もやたらと大きく感じる。 起き上がって見ると隣に、茶の髪の少年が、酷い格好で座り込んでいた。 「…あなたは…誰?」 少年は掠れた声で、喉の奥から振り絞るように声を出した。 「私は…貴方は……?」 ゆっくり、小さく、首が左右に振られる。 「名前…ないの…?」 少年は俯き、辛そうに地に目線を落とした。 この子もまた知っている。けど、こんなシーンを見たことはない… 名前すらない彼が悲痛すぎて、私は思わず、口にしてしまっていた。 「貴方の名前は…小狼。」 「…シャオ…ラン…?」 「うん。…小狼。」 ぱちんと額に激痛が走る。 突然顔を歪める私に、小狼は心配そうに私を見つめた。 心配ないよ、と言って笑顔を作る。小狼は安心したのか、差し出しかけた傷だらけの手を引っ込めた。 ぐぐう…… 盛大なお腹の音がした。私はさっきメロンパンを食べたばかりだし…違う。 小狼のほうを見ると、小狼はふるふると首を振った。 「違わないよ。だって…私じゃないもん。小狼しかいない。」 私はふと、ズボンのポケットの中のモノのことを思い出した。 慌てて探り…それは右のポケットの中にまだ、入っていた。 不思議そうにそれを見つめる小狼に笑いかけ、ピリ、と小袋の封を開く。 中からは直方体に近い黄色のものが二つ出てくる。 そのひとつの端を二センチほど折ってから、口に含む。 「!?」 奇妙な物体を躊躇いもなく口に含んだ私に、彼は驚いたようだった。 むぐむぐと何回か咀嚼し、嚥下する。 「食べ物だよ。小狼。」 残りのカロリーメイト一個と三分の二ほどを、小狼に渡す。 小狼は少し躊躇っていたようだったが、端を少し齧って味を確かめると…一気にがっつき始めた。 「あ、そんなに一気に食べると…」 「!!…ぐ、ごほっ…」 「…むせちゃうんだ、それ。…誰も取らないから落ち着いて食べて?」 それでも小狼はもふもふと、口いっぱいに詰め込んだようだった。 こんなに酷い状況だったのかと思うと、自然に表情が切なくなる。 すべて、手に落ちた欠片まで食べ終えると、小狼はやっと、表情を少しだけ柔らかくした。 「ありがとう……」 「ううん、いいの。ね、小狼、くっつこうよ。そのほうが暖かいよ。」 自分でもなんでそんな言葉が出たのか分からない。 寒いのに、更に冷たい雨が体を打ち、熱を奪っていく。 小狼の手に少し触れると、氷のように冷たく、冷え切っていた。 「でも…」 ごねる小狼に強引にくっつくと、彼は抵抗もせずおとなしくくっつかれていた。 二人で丸まって、長い時間が過ぎる。 いろんな思いがよぎっていった。 この子は玖楼国のある次元の…昔の、幼い小狼。 今名前を与えてしまってよかっただろうか。それも…私が… ふと気づくと、私たちの目の前に、誰かが座り込んでいた。 「君達は…」 「……」 ああ… 彼の未来のお父さんが、迎えに来てくれた。 NEXT BACK |