次の日、私はお弁当を作った。 きっとこれが、サクラちゃんが小狼に渡すものになるのだろうと考えながら。 思いは、この一晩で吹っ切れたようだった。 私のできることをしよう、そう考えて。 運命に流されても、できるだけ抗おうと。 「サクラちゃん、これ、小狼に渡してもらえる?もうお昼だしね。二人分作ったから二人で食べるといいよ。」 そういうと、サクラは嬉しそうに笑って昼食の入ったバスケットを受け取り、 近くの人に小狼の居場所を聞くと、地下へと下っていった。 私はさりげなく桃矢の近くで、彼と手を繋いでいた。 そして、トビラは開いた。ようだった。大きな地鳴りが人々を一瞬静寂させ、一気に喧騒は広がる。 空間に亀裂が入り、黒い異形が武器を手に襲い掛かる。 どんどんひろがる黒い異形。なす術も無く倒れ飛沫をあげる発掘調査隊の人々。 一瞬ギリと強く掴んでから私の手を離し、剣を抜き放った桃矢の頬に切っ先が擦れて血の色の筋が浮ぶ。 毒の刃。 砂に染み込んでいく鮮血。 離れていった体温はもう、すぐには戻らない。 混沌が、始まったんだ。 ……嫌だ!! を中心に、波のようなものが空気を振動させた。 それに触れた異形は、声も無く倒れ、死んでいった。 頭を抱え、砂上に蹲るの背には、 黒い黒い、漆黒の「ツバサ」があった―… 「ぁぁあああああ!!!」 ツバサは鋭く切っ先を尖らせ、全ての色を圧倒する『黒』が大きく広がる。 はツバサに連れ去られるかのように、ひゅん、と遺跡の中に潜り込んでいった。 丁度、だった。 サクラの羽根が飛び散るその瞬間、は遺跡に飛び込んだ。 崩れ落ちる岩石をすり抜け、サクラをしっかり抱いた小狼を抱きこんで、疾風のように地上へ舞い戻る。 「…ッ何が……!?……マナまで、これは…!!??」 わけも分からず叫ぶ小狼を、桃矢と、雪兎のもとに送り届ける。 「…遅いぞ、小僧…と桜に怪我させてないだろうな。」 言い終えるかそうでないうちに、桃矢はよろめいて倒れる。 「王!!」 はそれを抱きとめると、頬に、そして唇に、掠めるような軽いキスをした。 ぴり、と舌に痺れるような刺激がある。 でも知っていた。私にこの毒は効かないのだと。 これがきっと、最後のキスなのだと。 「大丈夫ですか!?」 「…相手の刃に毒が塗ってあったようですね…」 小狼が狼狽し、雪兎は眉を顰める。 「…桃矢を死なせたりしないわ。絶対に……そうでしょ、雪兎さん!」 「ええ、勿論です!」 は荒い息の桃矢を横たえ、サクラと小狼のもとへ近づいた。 また変化させてしまった会話の筋を戻すため、は急いで切り出す。 「羽根が飛び散ったの…姫の羽根が…」 「そうなんです!遺跡の下にまた遺跡があって、そこで…!!」 雪兎は悲しげに表情を歪ませ、サクラの額に手を当てた。 「……その羽根は、姫の記憶です…」 「ここ…ろ…?」二人の会話が続く中、は自らの黒いツバサに白いものがひっかかっているのを見つけた。 それは、紛れも無く、…姫の羽根だった。 どんどん冷たく冷え切っていくサクラの体に当てると、羽根はするりと吸い込まれていき、 冬の金属のようだったサクラちゃんの体は少し、柔らかくなった。 でも、にはわかった。本当に時間は無いのだと。侑子のもとへ辿り着く前に、尽きてしまう、と。 はサクラに上から被さると、黒いツバサで覆った。私の心に暖かさはあまりないのだろうけど、せめて彼女の太陽のような心が少しでも冷めないように。 ぼんやりと、チカラが吸い取られていくのも分かった。 「あの人は、『次元の魔女』と呼ばれています、あの人に全てを話して下さい、そして…! …姫を救う手立てを……!!」 小狼にサクラちゃんごとキツく抱きしめられ、私はなんだか懐かしい感覚に陥っていた。 いろんなものが戻ってくる…失っていたかのように思われた、いろんなモノが。 気づいたときには、細く長く、でも決して大降りではない雨に打たれていた。 『次元の魔女』侑子さんと、小狼の話すのが遠くに聞こえる。 起きなくちゃ。 でも体に力が入らないの。 どんどん吸い取られていくような感覚。 起きていようとどんなに強く考えても、意識はだんだん、遠のいていく。 そんな中聞こえるのは、 なぜか闇にもよく通る、侑子さんの言葉だけ。 「それはまた難題ね。ふたりとも…いいえ。三人とも、かしら。」 「その願い、あなた達が持つもっとも価値あるものでも払いきれるものではないわ。」 「けれど。四人一緒に払うならぎりぎりってところかしら。」 「あなた達三人の願いは同じなのよ。」 「…目的は違うけれど、手段は一緒。」 「。あなたには『元の世界との関係』をもらうわ。」 突然視界がハッキリしてきて、雨の音がまた聞こえ出した。 気絶してた奴からも取んのかよ。と黒鋼らしき人物が愚痴る。 「制服も、携帯も。元の世界から貴方の存在は一切、消える。 嫌ならいいのよ。でも、貴方がいなければ物語はもう進まない。 明るく笑えるのも、いつかは元の時代、元の次元に戻れるのだと感じていたからこそでしょう。 …だから、それを貰うわ。」 「……それで……それでサクラが……みんなが救えるのなら…喜んで。」 次元の魔女は無表情のまま、ずっと家に置いてあったであろう畳まれた制服と、その上の携帯を四月一日に渡した。 「、もういいわ…。もう少し眠りなさい…」 侑子さんが手を差し出すと、驚くほどスムーズに私の意識はまた、落ちて行った。 「なんだ、そいつは。ただ抱き合ってる訳じゃあないんだろ。」 黒鋼が眉根に皺を寄せて、親指で小狼達を指し示した。 まるで融合しているかのように抱き合っているサクラと。二人を大切そうに抱える小狼。 「守ってる、んじゃないの?」 微かに微笑み、ファイが返した。 「サクラちゃんって子のツバサはもう散ってしまった。 でも、ちゃんって子のツバサは真っ黒いけど、散ってない。 なんとかして、サクラちゃんを死なせないようにしてるんだよ。」 小狼がハッとしたようにファイを見、それからとサクラを見つめる。 太陽のような可愛らしい姫君と、月のように美しい義姉の顔を。 「ま、オレにもよくわかんないんだけどねー。…魔女さんー、そろそろ行かないとー。 この子達、すっごく危険な状態だよ。」 「…そうね。では。…行きなさい。」 風と仲間と、天気雨と共に旅立つ、黒と白のツバサ。 彼らの旅路に、幸多からんことを。 NEXT BACK |